今、ある投稿が問題になっている。それは「被差別部落」の晒し。被差別部落とは、かつての身分制度により不当な差別を受けた人たちが暮らした集落のこと。今でも結婚や就職など様々な場面で差別が残っている。そのため多くは自身のルーツを明かさずにいるが、近年、動画投稿サイトなどのネットで晒す行為が横行しているというのだ。
最新の調査では、ネット上の人権侵害は1721件。5年前より2割減少しているが、被差別部落など特定の地区を示す事案は10年で10倍の414件と、過去最多となっている。自身も被差別部落出身で一般社団法人山口県人権啓発センター事務局長の川口泰司氏は「晒されるエリアがどんどん広がっている。“再生回数稼げるじゃん”という気持ちでYouTubeに載せる。露骨なものは削除要請で消されるが、そうなると次は違う手法だったり、新しいメディアを立ち上げて動画配信をする。『部落』というワードを『人権』などに変えて、いたちごっこのようになっている」と指摘する。
2016年には部落差別解消推進法が施行されるなど国も動き出しているが、ネット上の差別に対しては課題があるという。なぜ部落への差別、人権侵害はなくならないのか。『ABEMA Prime』で当事者と考えた。
■仕事や交際で差別、個人情報が晒され“葬儀の案内”も…
部落出身者や支援者らでつくる「ABDARC」メンバーの片岡遼平氏は、「東日本大震災の直後から復興支援活動をしていた時に、部落出身者であることをアウティングされ『お金を不当に得ているんじゃないか』などと事実無根の誹謗中傷や差別をブログに書かれた。ある会社の再建を手伝いに行ったところ、そこの社長さんが『自分は差別をする気はないが、こういう批判的なことを書かれるような人は採用できない』と言われた。ネット上の差別ブログのために仕事の話がなくなったのは完全に就職差別だ」と話す。
2016年、神奈川県の“出版社代表”が、「全国部落調査」復刻版(被差別部落の地名リスト)の出版を告知し、ネットに名簿などを公開。それらの差し止めを求めた裁判が起こった。原告側は「プライバシー権」「名誉権」「差別されない権利」「部落解放同盟が業務を円滑に行う権利」の4つを主張。2021年、東京地裁は前者2つの権利の侵害をおおむね認める一方で、後者2つについては否定。東京高裁は今年6月、「出身を推知させる情報の公表は人格的な利益を侵害する」とし、被差別部落の地名リストの出版差し止めとネット掲載禁止を命じ、「差別されない権利」を初めて認めた。
ネット上に晒しをする側の論理として、(1)どこが被差別部落か公開しても差別は起こらない(深刻な部落差別はない)、(2)部落の研究をするためどこが被差別部落か情報が必要で全国民が共有する情報である(学問・表現の自由)などという。
片岡氏は「被告らはそういう主張をしているが、私は被害を受けている。ネットの差別情報(全国部落調査)を見たかどうかはわからないが、付き合っていた相手から『部落問題や活動は理解できない』と間接的に言われ、交際が駄目になったこともある。また、裁判の影響と思われるが、自宅に大量に葬儀や墓石、卑猥な広告が勝手に届いている。親戚は肉屋をやっているが、宛名が『特殊珍肉エタオカ』という露骨な差別表現で送り付けられている。自宅の住所や電話番号、携帯電話からSNS、メールアドレスまでネット上にアップされていて、それを見た人が悪意を持って送ってきたと考えられる」と指摘する。
川口氏は自宅の住所や電話番号などもネット上に晒された。そのことで「私の家にも『エタ死ね』と書かれた年賀状が届いたことがある。小学生の娘が第一発見者で、家族みんながショックを受けた。正しく理解してないというよりも、“こいつらは悪いやつだ”という歪んだ正義感から、さまざまなことが起こる状況になっている」とした。
裁判の原告代理人・山本志都弁護士は「高裁判決は差別されない権利を認めた上で高く評価できる。しかし、被害や差し止めの対象は提訴時のものであり、包括的な差別禁止法がない限り、それ以外の差別的な情報に対しては再び裁判を起こさなければならないことになる点も問題だ」との見解を示している。
また、部落解放同盟中央本部は「地名公表等の行為が差別であり、人権侵害であるということも含め包括的に差別行為を禁止する法律を制定することが急がれる。国会への働きかけや法制定への取り組みを強化する」としている。
■部落差別はネットやSNSで暴走しやすい?
部落差別とネットをめぐっては、差別をする人たちがつながることで、陰謀論やフェイクニュースが強固になり、フィルターバブルが起きやすい。そもそも日本固有の問題であることから、海外のサーバーやサイトなどでは削除対応が進まないなどの理由で、暴走しやすいとされている。
川口氏は「国内でも部落差別を禁止する法律はないので、下手に消そうとすると表現の自由を奪ったということで訴訟になる。プラットフォーマーは自分たちのガイドライン・規約の中で“こういう行為は駄目だ”と位置づけて、その中で削除する取り組みをやっていく必要があると思う」との見方を示す。
また、無関心・無知がゆえに部落差別に便乗してしまうケースも報告されている。2019年の佐賀メルカリ事件では、高校生が小遣い稼ぎのため、ネットに掲載された全国の被差別部落の情報を製本化、メルカリで販売した。
川口氏は「彼自身は深刻な部落差別が今もあるという認識がなくて、“昔のリストを公開しても問題ない”と主張する人たちの意識に飲み込まれ、売買していた。問題発覚後、関係者との協議のなかで部落差別が現存することを知ると、『本当に申し訳なかった。軽い気持ちでやった』と。無知だから平気でやれたことだが、この差別こそが、結婚差別も含めて人の命を奪ってきたわけだ。教育の大切さをすごく痛感した事件だった」と述べる。
2020年の法務省の調査によると、「部落差別」または「同和問題」という言葉を聞いたことが「ある」と答えたのが77.7%、「いずれもない」が22.1%。また、聞いたことがあると答えた人の理解度として、「知っている」が27.0%、「なんとなく知っている」が59.1%、「知らない」が13.9%だった。
片岡氏は「見たり聞いたりしたことがなければ、部落差別について知らず、差別は存在しないと思ってしまう人が多い。全く知らない状態で、ネット上の悪意を持った差別・ヘイト情報を見てしまうと、先ほど紹介したような就職や交際での差別になっていく。だからまずは正しい情報を知ってもらった上で、様々な情報にアクセスをしてほしい」と訴える。(『ABEMA Prime』より)
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