日本中を沸かせた藤井聡太竜王・名人(王位、叡王、王座、棋王、王将、棋聖、21)の全冠制覇。タイトル独占は史上4人目だが、8つに増えてからの独占は、藤井竜王・名人が初のこと。偉業達成を各種メディアが大々的に取り上げたが、同時に広まったのは今回の決着が、劇的な大逆転だったということ。将棋ソフト(AI)の示した藤井竜王・名人の勝率はわずか1%だったが、そこからなぜ逆転勝利が起きたのか。このAIが示す勝率の裏で実際に指している棋士たちは、いわば断崖絶壁の細い道を歩くほどのプレッシャーと戦っていた。
決着局となった王座戦五番勝負の第4局。前王座の永瀬拓矢九段(31)が優勢のまま終盤を迎え、両者5時間の持ち時間を使い切り、1分将棋に入っていた。中継していたABEMAの将棋ソフト「SHOGI AI」が示した数字は、永瀬九段が勝率99%、藤井竜王・名人が1%。このまま進めば、永瀬九段の勝利はまず間違いないといった状況だった。
ただ、勝率99%といっても、局面に応じてその難易度は大きく変わる。たとえば最善手を指せば、その数字は維持されるが、次善手を指した場合に勝率が変わらない、つまりは同価値の手であることもあれば、いきなりガクンと下がる場合もある。永瀬九段の手番だった123手目、SHOGI AIが示した次善手を指した場合、勝率は33%も下がり、66%まで戻るとしていた。3番目の手であれば51%減であり、勝勢からほぼ互角に戻る。4番目と5番目はそれぞれ67%減で、明らかに形勢逆転だ。
そして現実に永瀬九段が指したのは、5番目までにないものだった。本人も後に「エアポケットに入った」と語った手は、実に勝率84%減。勝勢だったものが互角も劣勢も通り越して、いきなり敗勢に転がり落ちた。藤井竜王・名人が次の一手を指す前に、永瀬九段は何度も髪をかきむしり、そしてうなだれた。明らかに悪手だったと気づいたからだ。勝負事に「たられば」はないが、後の感想戦ですぐに最善手を口にしていたことも考えれば、ミスの許されない相手だったこと、1分将棋だったことなど、もろもろのプレッシャーさえなければ、永瀬九段であればスッと指せていた一手だったのだろう。
「勝率99%」だけ見れば普段、あまり将棋に馴染みがない人でも永瀬九段が必勝のところから敗れたと見えるだろう。確かにその状況から最善手を続けていければ、確実に勝ちにつながっているとAIは示した。ただ2番目、3番目の手が許されない状況は、実際に指している棋士にとっては、実に苦しい。ましてや自身の勝率も、正解が1つだけとも知らない中で、その1つにたどり着く難しさはとてつもない。明確な詰み筋でも見えない限り、最後の最後まで勝利は確信できない。すぐ先も見えない真っ暗闇、もしくは真っ白な霧の中で棋士は自分だけを信じて指している。
(ABEMA/将棋チャンネルより)