空爆が続くガザ地区。イスラエルとの国境は約8mの高さの分離壁に囲まれ、そこに住む住民は外に出ることが許されていない。
 
【映像】ガザの検問所
 
 ガザ地区の広さは、東京23区の約6割。そこに約222万人ものパレスチナ人が強制的に住まわされ、その人口密度は世界一とも言われている。
 
 パレスチナ自治区であるガザとイスラエルとの境には、高さ8メートルにおよぶ「分離壁」がそびえ立つ。その壁を越え何度もガザに足を踏み入れた、日本国際ボランティアセンターの並木麻衣さんは、「人を人間扱いしていない象徴だ」と語る。
 
 並木さんは、ガザで子どもたちの栄養失調予防などのボランティアに従事している。
イスラエルによるガザ地区への空爆が激しさを増した10月13日、並木さんはヨルダンに暮らすパレスチナ人女性からメッセージを受け取った。「彼女が最後に子どもたちと電話で繋がったのは、先週の木曜日。一番下の子は小学生で『ママ、ここから出して!』と必死で叫んでいる」と話した。
 
 メッセージの送り主は40代のシングルマザーで、ガザで4人の子どもたちと暮らしていた。今はヨルダンに身を寄せているが子どもたちは訳あって今もガザの壁の中にいる。一番上は高校生の男の子で、最近は反抗期で母親に辛く当たるようなメッセージの応酬などもあったが、その彼が「ママ、今までのこと許して。本当にごめんなさい」と伝えてきたそうだ。
 
 「息子さんは自分が死ぬとわかっている。覚悟を決めていて、最後にお母さんと和解しておきたかった」そして母親は「子どもをなんとかしてあげたいのに、彼女には手段が何もない。ガザのボーダー(壁)に行っても、絶対に入ることができなくて、自分の子どもが殺されていくのを、ただ待つしかない」(並木麻衣さん)
 
 並木さんのもとには、女性から「子どもたちのそばにいれば良かった。私も子どもたちと一緒に死にたかった」との声が届いた。そう話して並木さんは涙に言葉を詰まらせた。
 
 壁は2007年の建設から16年間にわたり、ガザに暮らす人々を狭い土地に閉じ込め続け、いまも自由を阻んでいる。
(『ABEMA的ニュースショー』より)