有吉弘行が「太田プロダクション」に所属した年の月給を告白。猿岩石が大ブレイクした頃は100万円の固定給だったが、仕事が減った時期に事務所との交渉があり、現在は歩合制になっていると明かした。
10月29日(日)、有吉弘行のクイズバラエティ『有吉クイズ』(テレビ朝日系列)が放送。有吉ファミレスシリーズ「自分の過去で芸人版人生ゲーム作り」にくっきー!とブラックマヨネーズ・小杉竜一、バカリズムが参加した。
若手時代の苦労話や給料の話題で、有吉は「初めて給料が100万円を超えたのはいつ?」と質問。有吉は「俺は早いよ」と20代前半の猿岩石ブームを振り返った。有吉は18歳でオール巨人に弟子入りするも8か月でクビに。20歳で上京し、21歳の時に番組企画でユーラシア大陸縦断ヒッチハイクの旅に出て大ブレイクした。旅をしながら執筆した「猿岩石日記」はシリーズ累計250万部を超える大ベストセラーになった。
有吉は「売れたけど給料制のまま100万円だった」「本の印税は別でもらった」とのこと。どんなに売れて仕事が増えても100万円で固定され、有吉は「しんどかった」と当時の気持ちを明かした。
仕事が減ってきた時期、有吉は事務所から「給料30万円にするか歩合制にするか」と提案を受けたそう。有吉は「この世界にいてずっと30万は嫌だった」と歩合制を選び、今もずっと歩合制という。
ちなみに最初の給料は5万。有吉は「俺は5万。同期の劇団ひとりは4万5千円。それが今でも自慢」といたずらな笑みを浮かべた。