11月4日(土)アゼルバイジャン・バクーのナショナルジムナスティックアリーナで開催される「RIZIN LANDMARK 7 in Azerbaijan」。今大会では日本の鈴木千裕が敵地に乗り込み、RIZINフェザー級王者ヴガール・ケラモフの持つベルトに挑む。
【視聴詳細】「RIZIN LANDMARK 7 in Azerbaijan」
試合開始のゴングが鳴れば真っ向勝負で殴り合い、一撃で相手をマットに沈める。鈴木はその拳で多くの熱狂と興奮を巻き起こしてきた。鈴木千裕というファイターがいかにして生まれ、そして進化してきたのか。今回は鈴木の格闘技人生におけるキーマン2人に話を訊いた。
■「モノが違う。感性が鋭いから、その感性に任せてやるのがいい」(クロスポイント吉祥寺・山口元気代表)
鈴木が所属するクロスポイント吉祥寺の山口元気代表は、鈴木がジムに来た時から「この選手はモノが違う」と感じたという。
「僕もたくさん選手を見てきて、みんな『自分からいきます』と言うんですけど、簡単にはいけないものなんです。でも千裕はアマチュアの頃から本当にゴングと同時にパンチを振り回して行って、そのパンチを当てて勝ってしまう。パンチが大振りで下手だと言う人間もいましたが、僕は『こいつはモノが違うぞ』と思っていました。振り回している以上に実はちゃんと見て打っているし、当て勘と倒しどこの嗅覚が鋭い。こんな選手は千裕以外にいなかったです。
あと千裕は練習を最初から全力でやるんですよ。例えばミット打ちを3分5Rやるとしたら、みんな5Rできるミット打ちをやる。でも千裕は1R目から全力かつフルパワーでやって、それを5Rやりきろうとするんです。よく本人は『全力で思いっきり殴る』って言いますけど、あれは普段の練習でやっているから出来ることなんです」
鈴木は2021年9月にキックボクシング団体「KNOCKOUT」のBLACKルール王者としてRIZINのリングに上がった。キックからMMAに挑戦したファイターという印象を持たれるかもしれないが、もともと鈴木はMMA志望でジムに入会し、2017年にパンクラスでプロデビューした経歴を持つ。
「うちのジムはMMA組とキック組に分かれていて、千裕ははじめMMA組だったんです。それでパンクラスでデビューしたのですが、一度減量に失敗して、ジムにこなくなっちゃって。それで僕が千裕に連絡して『キックやろうぜ』と誘って、KNOCKOUTで再出発させることにしました」
2019年5月にキックボクサーとして再デビューした鈴木は、2021年7月にKNOCK OUT-BLACKスーパーライト級王座決定トーナメントを制して、初代同級王座に就いた。これを機にMMAに“出戻り”する鈴木だが、これはキックデビュー時から山口代表が計画していたものだ。
「実は千裕がキックを始めるときに、キックでベルトを獲ったら、もう一回MMAをやろうと言ってたんです。だからキックをやる時も『お前はキックボクサーじゃないからキックの練習はやらなくてもいい。MMAの打撃で自分がやりたいようにやっていい』と話していました。キックでもMMAでも基本的に打撃は同じというのが僕の考えで、そこは千裕とも考えが近かったんです。もちろん多少はキック用にスタンスや攻め手を変えますが、千裕の場合は相手を殴り合いに巻き込んで倒して勝つことが一番だから、本人が持っているもので勝負させよう、と。アイツは感性が鋭いから、その感性に任せてやるのがいいと思っていました」
そして鈴木のMMA再挑戦に向けて、山口代表は鈴木の潜在能力を伸ばすための練習環境を整えた。クロスポイント吉祥寺での練習に加え、MMAはパラエストラ八王子を中心に、元PRIDE世界王者・五味隆典の東林間ラスカルジムや日本大学レスリング部への出稽古、フィジカル面では和田良覚トレーナーやKJ Performance Gymでの指導を受けさせている。
■「千裕君はショーン・オマリーやマックス・ホロウェイのような北米型の選手に匹敵するポテンシャルを持っている」(パラエストラ八王子・塩田歩代表)
MMAファイターの鈴木にとって重要なウエイトを占めるのがパラエストラ八王子の塩田歩代表だ。鈴木のことを高校時代から知り、MMAのチーフセコンドを務める塩田代表は、鈴木のポテンシャルをどう活かすための指導をしているのか?
「千裕君の特徴は体のバネと瞬発力がすごい。性格が素直で吸収が早いところですね。よく『スポンジが水を吸うように』というじゃないですか。まさにあんな感じでした。あとはあまりイメージがないかもしれませんが格闘技IQが高いです。自分で自分の動きを分析して『こうですかね?』という会話もよくするし、常に自分が何をすべきかを考えながら練習しています。細かいシチュエーション練習もするし、お互いにディスカッションしながらやっています」
山口代表と塩田代表が揃ってターニングポイントになった試合として挙げたのが、RIZINデビュー戦でKO負けを喫した昇侍戦と、圧倒的に下馬評が不利のなかでべラトール世界フェザー級王者のパトリシオ・ピットブルをKOした試合だ。
「自分からいくのが千裕の良さなんですけど『さすがにここでいかないだろ!?』と思った場面でいってやられたのが昇侍戦なんです。あの試合以降、戦い方が少し慎重になっちゃって、結局それがクレベル(・コイケ)戦では通用しなかった。それで千裕も吹っ切れたというか。練習では細かいことをやるけど、試合になったらやりたいようにやる。ピットブル戦はそういう戦い方をして、それがハマったと思います」(山口代表)
「昇侍戦は自分のポテンシャルで勝てると思って戦って、やられた試合だったと思います。あの試合で距離の大切さを身に染みて分かったと思うし、僕らが指導したこともより意識するようになりました。そのうえで僕は選手の感性や本能が大事だと思っていて、いけると思った時にいける選手が上にいくと思うんです。その最たるものがピットブル戦。ああいう勝ち方が出来る選手は他の日本人ではいないと思います」(塩田代表)
練習での技術の積み重ね、試合での勝負度胸と爆発力。この2つのバランスを取りながら対戦相手に全力でぶつける。それが鈴木千裕の強さであり、彼がファンを熱狂させる理由だ。
今回のケラモフ戦は厳しい戦いが予想されるが、鈴木にはそれまでに一度もKO負けがなかったピットブルを一発で沈めた拳がある。塩田代表は「テイクダウンされずに戦うことが理想ですが、組まれる展開は必ず来るはずなので、そこの対処は練習しています。クレベル選手と違ってケラモフ選手は瞬発的な寝技。千裕君は瞬発的な寝技を逃げるのが上手いので、そこを凌ぎつつ、ケラモフ選手に触れさせないような距離で戦えばチャンスが来ると思います」とケラモフ攻略の青写真を描いている。
■まだ24歳――。ファイターとしてのポテンシャルは底知れず
鈴木が本格的にMMAに復帰して約2年で、年齢もまだ24歳。ファイターとしてのポテンシャルは底知れない。しかも鈴木自身MMAだけでなく、キックの試合にも前向きで、MMA・キックの両ルールで日本の格闘技を盛り上げたいと話している。山口代表はキックボクサーとして、塩田代表はMMAファイターとしての鈴木の可能性をこう語っている。
「MMAは年月をかけて技術を蓄積していく競技。千裕がMMAファイターとして大成するにはもう少し時間はかかると思います。ただキックだったら日本の65kgの選手は誰とやっても勝てると思うし、世界でも勝てると思いますね。今キックでは千裕が狙われる立場になっていると思うけど、千裕は誰が相手でも受けて立つつもりですよ」(山口代表)
「K-1のトップ選手だった平本蓮選手から右でダウンを奪って、ピットブルをKOするって普通じゃないですよね。千裕君はショーン・オマリーやマックス・ホロウェイのような北米型の選手に匹敵するポテンシャルを持っていると思います。MMAは成熟する年齢が遅いと言われているなか、これから4~5年経ったらどんな選手になるんだろうと思います」(塩田代表)
鈴木千裕が拳で切り開く未来には、誰も見たことがない景色が広がるに違いない。