WBA世界スーパーフライ級王者の井岡一翔(志成)が大みそか、挑戦者6位のホスベル・ペレス(ベネズエラ)と防衛戦を行う。日本ボクシングの掉尾を飾る井岡の世界タイトルマッチの見どころを探ってみたい。
井岡は当初、このクラスを牽引するWBA王者、フアン・フランシスコ・エストラーダ(メキシコ)と統一戦を計画していたが、交渉の最終段階で頓挫した。それでも井岡は「ここで立ち止まるわけにはいかない」と12度目となる大みそかへの参戦を心に決めた。
急きょ挑戦者に抜擢されたペレスは世界タイトルマッチが2度目の無名選手だ。日本人最多となる25度目のタイトルマッチとなる井岡が有利と見られるのは当然だろう。しかし、「圧倒的優位」と言われる試合ほど怖い物はないのがボクシングだ。さらにペレスのこの試合にかける意欲を知ると、ますます「ひょっとすると」という不安に襲われる。
ペレスは12歳でボクシングをはじめ、ベネズエラの国内チャンピオンに6度輝くなど、アマチュア選手として輝かしいキャリアを送ってきた。ところがプロに入って2020年2月につかんだ初めての世界タイトルマッチのチャンスは、WBAフライ級王者、アルテム・ダラキアンの地元、ウクライナに乗り込んであえなく判定負け。そんなペレスにとって大みそかの東京で用意された世界タイトルマッチは、間違いなくキャリア最大のビッグチャンスと言えるだろう。
千載一遇のチャンスをものにするため、ペレスは思い切った行動に出た。なんと井岡が標的にしていたエストラーダのトレーナー、ホセ・アルフレッド・カバジェロ氏の門を叩き、メキシコで1カ月半のトレーニングを積んで、日本に乗り込んだのだ。
メキシコ入りしたペレスはトップ選手のエストラーダの隣でサンドバッグを叩き、数々のビッグマッチをくぐり抜けてきたカバジェロ氏の指導を受けた。1カ月半で何が変わるものか、と言うなかれ。こうした環境に身を置き、ペレスが手にしたのは何より自信だろう。世界を渡り歩く名トレーナーがセコンドにつくというのも、アウェーの日本ではなおさら心強いに違いない。
28日に開かれた記者会見で、ペレスは笑顔を絶やさずに次のように話した。
「カバジェロがオファーを受けてくれて感謝している。ベネズエラでずっとトレーニングしていたのでそれが土台になっているが、メキシコではいくつかの部分で修正をほどこすことができた。準備は完璧。勝つ自信は100%、いや1000%ある」
ペレスがこう話したあと、背中に“チャンピオン製造機”とスペイン語で書かれたTシャツを着たカバジェロ氏も自信満々に言い放った。
「ペレスには若くてはじけるようなパワーがある。世界チャンピオンになるというハングリー精神にあふれている。メキシコの高地でトレーニングをして状態はかなり上がった。井岡はジャブがいいし、経験もあり、引き出しの多い選手だ。ただ、34歳という年齢と、バックステップを踏むところが弱点になる。ペレスは井岡からタイトルを獲ることになる」
ペレスは20勝18KO3敗という戦績が示すように、パンチ力に自信を持ち、好戦的に前に出るボクシングを得意としている。ニックネームは「雪崩」を意味するアバランチャ。「井岡は正面で打ち合うことを嫌う。私は打ち合いが好きだ」と言うように、自身が得意とする打撃戦に井岡を引きずり込み、番狂わせを起こそうとしているのだ。
一方で、ディフェンスが良く、緻密なボクシングをする井岡が前に出てくる好戦的なタイプを得意としているのはボクシングファンなら周知の事実。ブンブン振ってくるタイプは昔からチャンピオンの大好物なのだ。普通に考えれば、井岡が前に出るペレスの打つ手を一つひとつつぶしていき、最後は大きく引き離して勝利、というシナリオが最も現実的と言えるだろう。
ただし、今回の井岡はいつもとちょっと雰囲気が違うことも頭に入れておきたい。21日の公開練習で、井岡は次のように語った。
「KOすることがすべてではないんですけど、今回はKOしたいという気持ちが強い。今大みそかはKOして、会場の一体感を作りたいと思っているんです」
井岡は前回7月、ジョシュア・フランコ(米)との再戦に勝利、WBA王座を獲得した試合で確かな手応えをつかんだ。以降、トレーニングをしていても感触が非常にいいのだという。井岡の言葉からは「KOをしたい」というよりも、「KOができる」という確信が伝わってくる。もし井岡がKOで勝利すれば、3年前の大みそか、田中恒成(畑中)を8回TKOで仕留めて以来のKO勝利だ。
円熟期を迎える充実のチャンピオンが挑戦者の強打を封じるのか、ビッグチャンスに燃える新進気鋭のチャレンジャーが世界を驚かす一撃を王者に打ち込むのか。両者の意気込みからすると、今回の試合はKO決着が必至と思えてくる。2023年を締めくくるにふさわしい珠玉のファイトを期待したい。