意識や感覚、感情など、人間の根幹をつかさどる脳。その機能は神秘に満ち、いまだ多くの謎に包まれている。しかし、昨今では最先端技術により研究が加速し、仕組みや難病の原因など少しずつだが解明が進んでいる。
【映像】脳のオルガノイドどう作る? 細胞が自己組織化する様子
そんな中、注目したいのが「脳オルガノイド」。オルガノイドとは、iPS細胞などを培養して作られる、いわばミニチュアの臓器。つまり、人工的に作られた脳組織のことだ。
この研究が実際どう役に立つのか、またどんな課題があるのか。記憶を司る海馬のオルガノイドを世界で初めて作製した理化学研究所・生命機能科学研究センター上級研究員の坂口秀哉氏に『ABEMA Prime』で話を聞いた。
■脳のオルガノイドとは
「オルガノイド」とは、Organ(臓器)とoid(のようなもの)で“臓器のようなもの”。坂口氏は「一般的には、多能性幹細胞や組織幹細胞といわれる幹細胞を使って、人工的に作って分化誘導した3次元の組織。生体の臓器と同じような構造や機能を有したもの、という定義がされている」と説明。
さらに詳細として、「まずES細胞やiPS細胞を取ってきて、神経になるような培養液に入れてあげる。すると、3次元のボールみたいな塊が組織になっていく。セルフオーガナイズというが、細胞たちが自己組織化する」「我々の全ての体は受精卵が分裂して作られる。その能力を持っている段階の内部細胞塊を取ってきて、培養できるようにしたものがES細胞(胚性幹細胞)。これを人工的に作るようにしたのが山中先生のiPS細胞だ。ES細胞を取っていろんな誘導をかけることで、体のどんな成分も作ることができる」と述べる。
培養条件を調節することで、大脳や海馬など様々な部位に成長していくという。しかし、まだ謎も多いようだ。「実際に細胞の中でそれがどう働いて、形が変わって、組織が形成されるのか。そういう生命のダイナミズムのところはわかってない部分が多い」。
また、坂口氏は「脳オルガノイド」という言葉の使い方には注意を促す。「脳は大きな臓器だが、オルガノイドは“のようなもの”と小さいことを言っている。“脳オルガノイド=小さい脳”というイメージを持ってしまうが、これはミスリードだ。科学的に成果物を正しく反映した言葉としては、神経オルガノイドや神経系オルガノイドと呼ぶことが提唱されている」とした。
■海馬オルガノイドとは
坂口氏が作製した「海馬オルガノイド」はどのようなものなのか。「大きさは1~2mmの数mm単位で、100日以上培養すると1cmぐらいにまでなる。逆に言えば1cmぐらいまでで、我々の脳の大きさからすると本当に一部分を作っている。簡単に言うと、脳の部分のカット&ペーストだ」と説明。
なぜ海馬オルガノイドなのか。「自分はもともと神経内科医で、神経を作る研究に入って大脳を作っていた。大脳皮質のオルガノイドは当時すでにできていたけれど、海馬を作った人はいない。海馬と大脳は近いので、ちょっと誘導したらできるんじゃないか?と思ってチャレンジし始めた」と話す。
この研究によって期待されるのは、「基本的にヒトの海馬は取ってくることができない。それを人工的に作ることができれば、海馬における疾患メカニズムや、生理的な機能、記憶を獲得する時にどんな神経の活動があるのか、というような基礎研究に役立てることができる」ということだ。
一方で課題もあるという。「認知症などの研究にも生かせたらと思うが、認知症は高齢になって出る。しかし、培養期間には限界があって、50年もできない。なので、例えばアルツハイマー病の初期変化が見られるのではないかという期待はある」とした。
■脳のオルガノイドは「意識」を持てる?
脳のオルガノイドが意識を持つようなことは考えられるのか。国際幹細胞学会によるガイドラインは、「現時点では、中枢神経系組織に相当するオルガノイドに意識や痛覚があることを示す生物学的なエビデンスはなく、専門的な監視プロセスによる審査を必要とするような懸念事項は示唆されない」としている。
脳科学者の茂木健一郎氏は「坂口先生の研究は、発生や組織分化のメカニズムの解明と、一部の薬理作用の実験系が非常に重要だ。我々は視覚や聴覚の情報を処理したり、注意を向けたり、言語活動をしたりする時に計算をしている。保守的な立場から言えば、その時に自主的な意識が宿るということで、脳の一部分だけを取り出しても大した計算はできない。脳はいろいろなところと複雑に繋がっているわけで、それを丸ごと再現できたとしたら人間型の意識は爆誕する」と述べる。
それができる世界は見えているのか。坂口氏は「作っている側から言わせていただくと、見えていない。意識については、やはり脳全体があって初めて成り立つもの。例えば脳梗塞で広範囲がやられてしまうと、一気に意識レベルが変わるわけだ。これだけ完成された脳を持っていて、しかも視覚や聴覚などいろいろなところから外界との接点を得る。子どもの頃から学んでやっと作ってきた意識というものは、障害されると一気に落ちてしまう。そのくらいセンシティブなものを作るとなると、本当にゼロから構造を作って、しかも外界とインタラクションして学習させないと、意識は出てこないと思う」との見方を示した。(『ABEMA Prime』より)
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