こんな劇的な結末を誰が予想しただろうか。日本全国を8つのブロックに分けた団体戦で行われる「ABEMA地域対抗戦 inspired by 羽生善治」予選Aリーグ2位決定1回戦、北海道・東北 対 関西Aが2月17日に放送された。関西Aの久保利明九段(48)が4連勝とロケットスタートを飾ったものの、崖っぷちで登場した北海道・東北の広瀬章人九段(37)が怒涛の5連勝を達成。チーム北海道・東北が通算スコア5勝4敗と、大逆転で2位決定戦への進出を決めた。
負ければ敗退が決まる注目の一戦。注目の第1局は北海道・東北の新エースこと小山怜央四段(30)と関西Aで振り飛車のスペシャリスト久保利明九段(48)の激突となった。先発を立候補したという久保九段は、対抗形の一局でペースを握られたものの持ち前の粘りの底力を見せつけるように逆転勝利。関西Aに最初の白星を持ち帰った。「直感は精度良く指せていた」と振り返った久保九段は、勝てば連投のルールで加速度的に調子を上げ、第2局では広瀬九段、第3局では野月浩貴八段(50)、第4局では戸辺誠七段(37)を次々撃破。穴熊で堅く囲って鋭く切り返す、という華麗な戦いぶりで一気にチーム勝利に“王手”をかけた。
一方、早くも敗退の危機に立たされたチーム北海道・東北は、崖っぷちとなった第5局に広瀬九段を投入。「こちらのチームだけ大詰めなので何とかしないと」と、勢いに乗る久保九段を止めるべく背水の陣へと向かった。第2局に続き2度目の対戦となった一戦は、中飛車VS超速に。激しい展開の中から、広瀬九段が5筋からの突破を決断しリードを奪うと、久保九段の猛追を振り切って待望の1勝目を手にした。
「ストレートで負けてしまうのは恥ずかしい。一番ずつ返していくしかない」との決意を語った広瀬九段だったが、“負ければ敗退”の危機を脱したわけではない。これまでもタイトル戦の大舞台など数々の激所を潜り抜けてきたトッププレーヤーにしかできない大仕事とばかりに、第6局ではレジェンド・佐藤康光九段(54)、第7局では気鋭の若手棋士・井田明宏四段(27)、第8局で3度目の対戦となった久保九段とタイプの異なる強敵を次々に破り、ついに4-4のタイに追いついて見せた。
広瀬九段はたびたび「鷹揚」の文字を揮毫しているが、この状況は並みの精神力で乗り切れるものではない。しかし、チームメイトもファンも、ここまでくれば奇跡の大逆転をひたすら祈るばかりだ。それでも広瀬九段はその大プレッシャーを広い心で受け止めるように「よくここまで勝ってこれたなーと思います。あんまり期待しないでください」とひと笑いして最終局へと向かった。フルセットの最終局で対するは、2020年の叡王戦で初のタイトル挑戦となった出口若武六段(28)。同ルールで行われるABEMAトーナメントでの優勝経験を持つ強敵との対戦となったが、雁木の出だしから広い視野で盤面を捉えた広瀬九段が出口六段を封じ込めて勝利。見事、4連敗から5連勝での大逆転勝利をもぎ取った。
個人5連勝は、予選Bリーグ1回戦・第1試合でチーム中部の藤井聡太竜王・名人(王位、叡王、王座、棋王、王将、棋聖、21)に続く2人目の偉業達成となるが、広瀬九段も「ABEMA地域対抗戦に名前を刻むことができて良かった」とニッコリ。チーム勝利も「ほぼあきらめていた」というが、「ギリギリのところで勝負できた」とホッとした表情も見せていた。
広瀬九段の獅子奮迅の活躍に、チーム北海道・東北監督の屋敷伸之九段(52)も歓喜。驚異のV字回復に「大変な大激戦でしたが、応援してくれたファンのおかげです。4連敗の時は正直厳しいと思っていました。広瀬九段の大変な奮闘ぶりで、本当に劇的でありがたいなと思いました」と満面の笑みを浮かべた。寒風吹く季節こそ自軍が輝く時、とばかりに大逆転で掴んだ大きな勝利。勢いそのままに予選突破へ、北国パワーでの躍進はまだまだ止まらない。
◆ABEMA地域対抗戦 inspired by 羽生善治 全国を8ブロックに分けた「地域チーム」によって競う団体戦。試合には監督とチームから選ばれた出場登録棋士の4人の計5人が参加可能。試合は5本先取の九番勝負で行われ、対局は持ち時間5分、1手指すごとに5秒加算のフィッシャールール。試合は1試合以上出場する「先発棋士」と、チームが3敗してから途中交代できる「控え棋士」に分かれ、勝った棋士は次局にも出場する。先発棋士は1人目から順に3人目まで出場し、また1人目に戻る。途中交代し試合を離れた棋士の再出場は不可。大会は2つの予選リーグに4チームずつ分かれ、変則トーナメントで2勝すると本戦進出。ベスト4となる本戦は通常のトーナメント戦。
(ABEMA/将棋チャンネルより)