昨年10月、SNSの総フォロワー数が世界で10億人を超えるアメリカが誇る世界最高峰のスポーツエンターテイメントであるWWEのメイン大会「RAW」と「SMACKDOWN」の放送が日本で開始された。さらに先月27日(日本時間28日)に行われた「ロイヤルランブル」以降は、放送席の容を一新。自他ともに認める“WWEウォッチャー”の清野茂樹アナウンサーらが加わった。そんな清野アナが、自らの実況回ごとにWWEの魅力や楽しみ方を振り返る連載コラム。第3回目のキーワードは「使命と葛藤」。24日にオーストラリア・パースで開催される「イリミネーション・チェンバー」を直前に控え、清野アナが抱える葛藤と使命。そして、決意表明とは。

■WWEの魅力とスーパースターたちの特徴を“自分の言葉”で伝え、門戸を広げたい

 WWEに興味を持ってもらうには、やはり、登場人物を知ってもらうことが近道だと思います。『SPY×FAMILY』の面白さを伝えるのに、まずは主人公アーニャのかわいさを知ってもらうのと同じと言えばいいでしょうか。世界最大のプロレス団体WWEではリングでパフォーマンスする人を「レスラー」ではなく「スーパースター」と呼んでいるのは、プロレスの範疇を超えたジャンルであるとの意味も込められています。

 WWEの登場人物の中で「主役」の証が、チャンピオン(王者)です。ですから、スーパースターたちはみんなチャンピオンを目指しているのです。チャンピオンになるスーパースターは実力も人気も兼ね備えた人が多いので、WWE初心者の方は、まず現在のチャンピオンに注目してもらうのがいいかもしれません。

 そこで、私が今いちばん推しているチャンピオンが、インターコンチネンタル王者のグンターです。グンターと言えば、600日を超える王座の保持期間が必ず話題になりますが、注目してほしいのはキャラの濃さ。今、ほとんどのスーパースターたちが派手なヘアスタイルやコスチュームで自己主張する中、彼は職人のような大胆な刈り上げで、試合コスチュームも黒いショートタイツという地味さが、逆に個性として際立っています。しかも、試合に関しては日本式のチョップをはじめ、シンプルな技で組み立てるあたりも私の好みです。

 今週のRAWでのジェイ・ウーソ戦も見事でした。グンターが出した技と言えば、パワーボムにボストンクラブ、ドロップキックとクラシカルなものばかり。相手の攻撃をことごとく受け止め、最後は相手の得意技であるウーソスプラッシュをブロックし、そのまま丸め込んでスリーカウントを奪うという試合巧者ぶりを見せてくれました。この日は間近に迫った「イリミネーション・チェンバー」に向けて、多くのスーパースターが声高にマイクアピールを展開する中で、こうしたレスリングできっちりメインイベントを締めるあたりが、WWEの奥深さだと思います。

 さて、そんなグンターに対して、私は「闘うメルセデス・ベンツ」と実況してみました。欧州のオーストリア出身で、190センチを超える体躯。ヒザにサポーターも付けない質実剛健を絵に描いたようなグンターの姿が、頑丈なドイツの高級車と重なったからです。日本時間20日のRAWの放送実況中に咄嗟に浮かんだものですが、スタッフからの評判も良かったので今後も使っていこうかと思います。

 また、グンターの話す英語はドイツ語アクセントが強く、現地映像に字幕をつける翻訳担当者によると「そのニュアンスを伝えるために、広島弁のような京都弁のような土佐弁のような、西日本の方言っぽく表記している」とのこと。なるほど、欧州なので西側ということですか。「ワシは“皇帝”グンターじゃ」という独特な口調を記憶している人もいるかもしれません。

 しかし、実はこうしたスーパースターのキャラの伝え方に葛藤がまったくないと言えばウソになります。私自身も長くファンをやっていますから、WWEという西洋料理は手を加えずにそのまま味わうのがいちばん美味しいことは知っているからです。それはすなわち、英語によるマイクパフォーマンスと実況をそのまま視聴者に提供することを意味するわけですが、その一方で、もっと広く知ってもらうためには、字幕や実況の手法に日本流の味付けがもっと必要とも感じています。

 こうした味付けに関して視聴者の間に賛否両論あることは重々承知していますが、ひとつ断言できるのは、今週末の「イリミネーション・チェンバー」がゴールデンタイムに無料生中継されるように、日本では今が最もWWEを視聴しやすい環境にあるということです。では、門戸を広げたうえで、まったく興味のない人に知ってもらうにどうすればいいのか?私の使命は、まずスーパースターたちの特徴を自分の言葉で伝えることだと考えています。WWEがプロレスを超えたジャンルであると宣言している以上、プロレスを超えた世界に届くような表現にトライさせていただきますと、私も小さな声で宣言しておきます。

文/清野茂樹
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