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【映像】フランスW杯時、41歳の岡田武史監督
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 サッカー元日本代表監督で現在は日本サッカー協会副会長、J3・FC今治のオーナーを務める岡田武史氏が、17日のABEMANewsBAR橋下』にゲスト出演。橋下徹氏とともに、組織マネジメントとリーダーシップについて語った。

【映像】フランスW杯時、41歳の岡田武史監督

 岡田氏は、日本代表とクラブチームのマネジメントについて「基本的に変わらない」とした上で、次のように話す。

「一番大事なのは、選手の存在を認めること。1年間試合で使わないかもしれない、W杯で1試合も使わないかもしれないけど、“俺はちゃんと見てる”“必要としている”と。例えば、ストレッチやウォーミングアップの時にブラブラと歩いて“この前の練習試合でのシュートすばらしかったな”、お風呂で“そろそろ子ども幼稚園行くんじゃないのか”と話しかける。会社でも一緒で、朝会った時に“昨日あれどうだった?”“今日なんか元気いいじゃん”と、ちょっとした感情の共有で“見てるよ”ということを伝える。これがベースだ」

 一方、橋下氏は「リスペクトが必要だ」と述べる。

「役所の職員と見解の違いなどで対立することは多々あったが、僕は知事・市長という絶対権力者だったので、職員が年下だろうが年上だろうがとにかく“さん”付けで呼ぶのと、敬語でしゃべった。それで激論はするけども、終わったら必ず“ありがとうございました”と言う。メディアでは公務員に対して厳しい発言もしたけど、目の前の職員たちのおかげで府政・市政ができているから」

 岡田氏は「仲が良いことが一番ではない」とも話す。

「日本でコーチを任された当時、“選手がやりやすいように”と考えて、代表選手も最初宴会から始まっていた。だけど、20人いたら全員仲良しなんてことは絶対ない。それでよくて、“どうも好かんけどパスしたら絶対決めてくれる”“そりが合わないけど任せたら止めてくれる”とお互いの存在を認め合うこと。そこで結果が出だしたら一体になる。勝つチームを分析すると“一体”が大事だとわかるから最初にやろうとするんだけど、それを目的にすると失敗する」。

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 これに橋下氏は「まさに政治家が一体から入る。永田町も“まずはみんなで飯を食おう”だから」と頷いた。

 こうしたマネジメントを岡田氏はどのように学んできたのか。「何回も失敗して、自分で学んできた。ドイツに行った時、監督が選手にものすごいパワハラみたいなことを言うわけだが、“これが仕事だよ。好かれることが監督の仕事じゃねえぞ”と。その監督がクビになって飯を2人で食べた時に“監督の仕事っていうのはハードワーク オア ナッシング”、要するにめちゃくちゃ働くか仕事がなくなるかのどっちかだと言っていたことが、頭にこびりついている。だから、監督やる時はめちゃくちゃ働く」と明かす。

 岡田氏いわく、リーダーシップは100人100通り。「リーダーになれない人なんていないと思っている。その人なりのやり方がある」。

■“ジョホールバルの歓喜”前日「“俺のせいじゃない。(監督に)選んだ会長のせい”と開き直った」

 岡田氏といえば、1998年のW杯フランス大会直前に三浦知良、北澤豪ら3人をメンバーから外したことが今でも語り継がれる。当時の思考について、「リードしている・されている、怪我したり退場になったらどうする、と状況をいろいろ考える。その中で出てくる回数が少なかったのがあの3人だったというだけ。2回目のワールドカップ(南アフリカ大会、2010年)の時、1年間代表を外していた川口能活を呼び戻して、チームキャプテンをやってもらった。決勝までいっても1試合も出ない選手が1、2人必ず出てくる中で、そこにどういうやつを置くかは経験・ノウハウがあったけど、最初の41歳の時はわからなかった」と振り返る。

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 ただ考えていたのはチームの勝利のみ。「後悔も何もしてないし、逃げも隠れもしない。カズなんかもわかってくれたみたいで、実は今まあまあ連絡を取っている」と明かした。

 橋下氏は「世論に流されなかったのは、リーダーシップとして重要だと思う。政治家の場合は世論を気にしないといけないが、それでも“これ”ということをやる時は流されたらできない。企業の経営者も政治家もいざという時に世論に負ける人が多いが、押し返す力が必要だ」との考えを述べる。

 これに岡田氏は「1997年のジョホールバル、イランとの決戦の時、現地から妻に電話して、“明日もし勝てなかったら日本に帰れない”と。本気でそう思っていたんだけど、“明日急に名将にはなれない”“俺にできることは今の力を100%出すことだけ”“それであかんかったらしょうがない、謝ろう”と思った。さらに、“これは俺のせいじゃない。選んだ会長のせいやから”と思った瞬間に完全に開き直って、怖いものがなくなった。生物学者の村上和雄先生は、“我々は強い遺伝子をみんな持っている。こんなに便利・快適・安全な社会にいるからスイッチが入ってない”と言っている。僕はあの瞬間、遺伝子にスイッチが入ったのかなと。振り返るとそこから人生が変わり始めた。こんな適当なこと言う人間じゃなかった(笑)」と語った。(ABEMA『NewsBAR橋下』より)

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