昨年10月、SNSの総フォロワー数が世界で10億人を超えるアメリカが誇る世界最高峰のスポーツエンターテイメントであるWWEのメイン大会RAWとSMACKDOWNの放送が日本で開始された。さらに今年1月27日(日本時間28日)に行われたロイヤルランブル以降は、放送席の陣容を一新。自他ともに認める“WWEウォッチャー”の清野茂樹アナウンサーらが加わった。そんな清野アナが、自らの実況回ごとにWWEの魅力や楽しみ方を振り返る連載コラム。最大の祭典であるレッスルマニアを直前に控え、第9回目のキーワードはWWEのショーを彩り、奥行きを創り出す「想像を掻き立て、主役を際立たせる」名脇役の存在。
■レッスルマニアで、主役を際立たせる「助演男優賞と助演女優賞」を探せ!
WWEを実況していると、まるで映画を一本見たような気持ちになることがあります。前回のRAWがまさにそれで、ザ・ロックがコーディ・ローデスをバックステージで襲撃し、そのまま会場の外へ連れ出して一方的に殴りつけるシーンはギャング映画と錯覚するほどでした。冷たい雨が降りしきる中、顔から血を流してスーツ姿のままアスファルトに横たわる若きヒーロー。その首根っこをつかんだ“ラスボス”が「哀れなカスめ!」と吐き捨てたところで番組が終了するなんて、他のプロレス中継では絶対あり得ません。
両者は冒頭、リング上で3分間も黙ったままにらみ合いをしており、これが結果的に場外乱闘への伏線だったことが最後にわかりました。「最後に会場の外で雨が降っていたのが良かったよね」「殴り続けるロックの姿が『孤狼の血 LEVEL2』の鈴木亮平とダブったわ」など、感想を誰かと言い合いたくなるのも映画とまるっきり同じです。
映画を見始めの頃は主役に目が行きますが、やがて、彼らを支えている脇役の存在に気がつくものです。たとえスクリーンに映る時間やセリフは短くても、キラリと光る俳優に目を奪われた経験は誰にでもあるでしょう。「映画というのは、実は力のある脇役が主役なんだよ」とは、日本映画を代表する小津安二郎監督が残した言葉ですが、これはWWEにも当てはまると思います。
WWEにおける脇役の中でも私が今、最も惹きつけられるのがドミニク・ミステリオです。ジャッジメント・デーというヒール軍団に属する彼は、姑息な手段で動き回る悪の手先的な存在で、人気者の父レイ・ミステリオと敵対して嫌われ者になりました。もはや姿を見せるだけで観客からは凄まじいブーイングで、その音量は実況している私も自分の声が聞こえなくなるほどの大きさです。
この日のドミニク・ミステリオは、仲間であるJDマクドナの試合に登場。リングサイドからあの手この手で味方を助けようとして大ブーイングを浴びていました。それだけではなく、軍団の女ボス、リア・リプリーと一緒に再びリングインすると、敵であるベッキー・リンチのパンチでぶっ倒されてしまいます。拳を顎で受けるシーンはスロー再生を何度も見たくなるほど見事。しかも、起き上がって女同士の大乱闘を制止する姿に拍手を送りたくなりました。
ベッキー・リンチの鉄拳はリア・リプリーに侮辱されたことに対する怒りですが、発言した本人ではなく、脇にいた男子レスラーに命中したことで「あのパンチがリアに当たればどうなるか」と、もうすぐ実現する女子頂上対決への想像を掻き立てる効果がありました。さらに、嫌われ者をリアの隣に立たせて善悪の色をはっきりさせようというWWE側の狙いもあったのでは、と邪推します。ドミニク・ミステリオは先週のSMACKDOWNでは、父の試合を妨害して別軍団に属するサントス・エスコバーの勝利を手助けしました。映画の世界で名脇役がいろんな作品に出没するように、彼もWWEの2大ブランドで今、引っ張りだこなのです。
さらに脇役と言えば、日本の戸澤陽の存在も忘れてはいけません。おどけたダンスや表情で「ちょっと変な日本人」を演じる一方で、試合では常に思い切りのいい受け身で相手を光らせます。どれも20年近いキャリアに裏打ちされた実力者だからこそできるわけで、厳しい競争を生き抜いているのも頷けます。
こうした力のある脇役を数多く抱えていることが、WWEのショーに奥行きを与えているような気がします。それは現役だけに限りません。今年の「ホール・オブ・フェイム(殿堂)」の顔ぶれにモハメド・アリという「超」がつくほどのスーパースターがいる一方で、サンダーボルト・パターソンやポール・ヘイメンを表彰して同じだけの敬意を払うのがWWEの素晴らしさ。まぶしい光を放つスーパースターを際立たせる脇役の魅力に気がつけば「レッスルマニア」はもっと楽しくなるに違いありません。2日間にわたる祭典の中から、ぜひあなたにとっての助演男優賞と助演女優賞を探してみてください。
文/清野茂樹
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