高齢化が進む今、さまざまな問題を抱えている介護現場。人材不足や過酷な労働環境など、サービス低下の不安が広がる中、業界から大きな注目を集める女性がいる。ベンチャー企業「aba(アバ)」の代表取締役CEO・宇井吉美氏(35)だ。現場で最も負担となる「排泄ケア」をテクノロジーで楽にしようと、開発に取り組んでいる。
介護では、おむつを確認しても排泄していない「空振り」が多く、介護される側も何度も開けられると自尊心の低下につながる。しかし、交換が遅れると「尿便漏れ」が起き、処理の大変さだけでなく、皮膚の炎症や感染症を招くこともある。
学生時代の介護実習で、職員から「おむつを開けずに中を見たい」と言われたことから、開発をスタート。10年以上も試行錯誤を繰り返し、ベッドに敷くだけでそこで寝る人の排泄状況がわかる「ヘルプパッド2」を開発した。においに反応して、尿や便を検知・識別するセンサーが付いている。
介護現場に革命を起こそうとしているこのテクノロジーと、宇井氏の情熱の源について、『ABEMA Prime』が取材した。
■介護現場の救世主に「職員の排泄ケアに対する意識も上がった」
すでに導入している愛媛・松山市の施設を訪ねた。介護スタッフが別の業務をしていると、「ヘルプパッド2」から排泄を知らせるアラートが鳴る。入居者の元へ行くと、「尿のみ」の通知どおり。これまでは、予め決まった時間におむつ交換をしていたが、パッド導入により排泄タイミングに合わせた作業が可能になった。
データを蓄積することで、予測の向上や、一人ひとりに合わせたより良いケアが実現した。サンシティ北条の芳野洋心常務理事は「職員の排泄ケアに対する意識が上がった。一度活用すると、必要不可欠になる。職員も『ヘルプパッドをやめる』となると困ると思う」と語る。
■「やっぱり人間でやらないとダメ」自ら数百回以上の排泄実験
宇井氏は、中学時代に祖母がうつ病を発症しヤングケアラーになった経験から、「介護ロボットを作りたい」と考えていた。介護実習で排泄介助の実態に衝撃を受け、業界初の排泄センサーを開発。「まさか20代女子がこんなことをするとは思わなかった」と振り返る。
「アンモニア水を使った実験はすぐクリアしたが、施設に持っていく前に、やはり人間でやらないとダメだと思った。技術者に『一緒に排泄しよう』と提案したが、『それなら俺は会社を辞める』と言われた。アパートの同じ部屋で、私は煎餅布団に横たわっておむつを履いて排泄、技術者はソファーではんだ付けやプログラミングをしながら、においセンサーの反応を確認した」
宇井氏の「排泄実験」は、シャワーで体臭をリセットしてから、おむつを履いてスタンバイする。排泄後は、そのまま60分ほどキープ。その後、風呂場で処理をする。10年以上の開発で「数百回はおむつで排泄した。昨年の製品化にあたっても、1カ月で尿と便のデータを100ずつ取る必要があり、毎日おむつで実験した。スケジュールが間に合わず、ベッドからウェブ会議に参加して、腰から下は排泄実験をしていることもあった」と笑う。
今ではメンバーの3分の2以上が実験に加わっている。ただ“排泄”といっても「膀胱はパンパンなのにどうしてもおむつで出せなくて、“トイレに行っていいですか?”という人もいる。特に排便は腹と太ももの距離が近いと出やすくなっているため、寝た状態では難しい」。精神面も重要で、「今自分は崇高な実験をしている」と念じるそうだ。
においを判断する技術分野は、まだまだ発展途上。「ヘルプパッドには安価なセンサーを使っている。そうしないと、値段を下げられない。空気清浄機やエアコンのタバコ検知センサーのように、細かい情報を判断できないものを使っているが、代わりにたくさんのデータを収集して、AI学習で補っている」。
■テクノロジーは敵? 介護テックの課題と宇井氏の野望
しかし、介護現場では「テクノロジーは敵」との考え方も根強い。開発者は、現場経験がない場合がほとんどで、単にビジネスとして市場に参入するケースもある。しかし介護職員は、利用者の身体に安易に機械を付けたくないと感じ、データに頼りすぎると些細なサインを見逃す危険もあると考えるなど、すれ違いが発生する。
いかに現場の不安を解くか。宇井氏は「介護ロボットは、介護職員の分身だ」と説明するという。「ヘルプパッドは『鼻の部分だけが部屋中に分身している』と伝えるようにしている。敵か味方かと考えた時、本人の分身であれば仲間になる」。
製品の値段はオープンプライスで、数十万円台前半だ。「国の補助金対象商品になっているので、国が4分の3を負担、施設は4分の1の金額で買える。今は施設に限って販売しているが、在宅介護の家族からの問い合わせも多く、2年以内には実現したい」と話す。
政治学者の岩田温氏は、自身が集中治療室へ入った経験から、「排泄できない状態になり、気管切開もしていたため言葉を出せず、ナースコールを押しても意思疎通ができない。結局そのままするしかなく、シーツを替えるなどの負担が増え、こちらも悪いと感じるが、伝えようがなかった。介護だけでなく、病院にも導入してほしい」とした。
すでに病院からは声がかかっているという。「介護者だけでなく、本人のもどかしさを解く意味もある、と言われる」。排泄の検知だけではなく、その先には「においで病気を発見する未来」も見ている。「介護職員で『ノロウイルス患者の便臭がわかる』と言う人がいた。ただ、新人だとわからないので、センサーを進化させてほしいという話はある。また、介護テックの企業は実はたくさんある。だけど知られていない。新しい製品開発だけでなく、今あるものをどう広げるかということも考えている」と語った。(『ABEMA Prime』より)
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