指揮者の林直之さん
【映像】時給800円だった指揮者・林直之さんがオーケストラで指揮する様子
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 仕事の報酬をめぐる、指揮者の林直之さんのXポストが話題になっている。あるオーケストラから、公演ではなくリハーサルの指揮を依頼されたが、報酬から交通費や駐車料金を差し引くと、「時給800円」の換算になったという。

【映像】時給800円だった指揮者・林直之さんがオーケストラで指揮する様子

 最低賃金をはるかに下回る金額に、さまざまな意見が出た。林さんは「事前確認しなかった自分に落ち度がある」としながら、音楽業界の問題点を指摘する。11月施行のフリーランス新法では、発注事業者に業務内容や報酬額などの書面での明示が義務づけられる。『ABEMA Prime』では、林さんとともに、専門性のあるフリーランスの待遇について考えた。

■時給800円の指揮者「芸術分野では、何年も前からある話」

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 林さんは、広島市出身・在住で、京大工学部を中退して東京芸大指揮科を卒業した。2016年 と17年にはイタリア開催の国際指揮コンクールで、ベスト6セミファイナリストに。16年には聴衆賞も獲得した。2017年には、ポーランド開催の国際指揮コンクールで3位入賞し、最優秀オーケストラ賞に輝いた。現在は瀬戸フィル、関西フィルなどで指揮をしている。

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 林さんのXポストは「条件確認せず受けた指揮の仕事、汗だくで真剣にやって、事後に支払われた謝金が時給800円。怒りも呆れも通り越して無の境地」といった文面だったが、これは「芸術分野では、何年も前からある話だ」と補足する。

 ポストした経緯を「自分は『愚痴を言ってはいけない』と育てられ、いつも我慢して笑顔で仕事していた。しかし今回は、見た瞬間に固まった。周囲から『我々はそういう扱いだ』と言われて、納得しようと思ったが、『ちょっとぐらいつぶやいてもいいか』と投稿した」と振り返る。軽い気持ちで投稿し、3日後に友人の電話で「バズっている」と知ったそうだ。

 「時給800円」となった依頼は、オーケストラのリハーサル(練習)の指揮だった。1日4時間、3日間の指揮で、報酬は1日あたり4000円(交通費込み)。依頼主は過去、何度か仕事をした法人だったため、従来の報酬水準だと早合点してしまい、事前確認はしなかった。結果として、交通費等を除くと時給800円程度になってしまった。

 今回は「練習」への依頼だったが、その準備も簡単ではない。「例えばベートーヴェンの『運命』では、全118ページのスコアを、ほとんど全部頭に入れる。『ここのパートは、こういう音にしてほしい』と要求するなどのシミュレーションもする」。

 現地でも状況が変わってくる。「オーケストラが変われば、指揮者の出方も変わる。お笑いで客層に合わせて、間の取り方を変えるのと似ている。音楽全てを頭に叩き込み、『こういう時にはこうしよう』と考える」。準備には「時間があればあるだけ」かけるという。

■フリーランスの値段交渉「得意な人であればいいが、なかなか言い出せない」

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 今年度の最低賃金は、全国平均1055円で、過去最大の51円アップとなった。東京は1163円で、50円アップとなっている。しかし最低賃金の適用は、事業者に雇われている雇用者(パート・バイト等も含む)に限られ、フリーランス等は適用外だ。

 林さんは以前、基本的に「先方の言い値」で受託していたが、準備学習等で割に合わないケースが多数起きた。そのため現在は、依頼があれば条件を提示する。1公演あたりリハーサルと本番で最低15万円、アマチュア等からの依頼は1時間1万円からに設定している。

 音楽業界では、一般的に「ある程度の地位になると、音楽事務所に所属して、マネージャーが条件を提示する」。そこで価格交渉が行われるが、林さんのようなフリーランスの場合は、「得意な人であればいいが、僕はなかなか言い出せない」という。

 作家でジャーナリストの佐々木俊尚氏は、「自治体に準ずる公的な法人では、役所内のロジックで金額が決まっていて、交渉しようがないことが多々ある」と指摘し、「有識者会議は、どこでも1回1万8000円。会議は2時間程度だが、僕の知見を考えれば割に合わない。公共工事には数億円かけるが、能力には金を払わないのが日本の伝統だ。ソフト面に予算が下りないことに、日本の病弊がある」と批判した。

■自己研鑽は給与に含めるべき?

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 11月に施行される「フリーランス新法」では、「取引条件明示」「原則60日以内に報酬支払」「募集情報の的確な表示」「ハラスメント対策」などを義務づけている。また、1カ月以上の仕事の場合には、報酬減額や返品、受領拒否などを禁止している。

 とはいえ、どこまでが業務なのかは厳密に定められるものでなく、場合によっては「自己研鑽」や「事前学習」が必要な場合もある。資格取得やオンラインサロン参加、講習会、書籍購読、映画・TV鑑賞、現地視察、勉強会、交流会、取引相手の接待、飲み会などが考えられ、また休日やリモート先での活動や、仕事とプライベートの線引きにも論点がある。

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 音楽家向けの法律相談「Law and Theory」を運営する水口瑛介弁護士は「会社員は、業務命令で研修や勉強を行うのであれば給料になるが、自主的に学ぶのは当てはまらない」と指摘する。一方でフリーランスは、「拘束時間に業務の質や価値を掛け合わせた想定単価を提示して、先方がOKするか否かで価格を決めていく」と語る。

 指揮者は、音楽学校を卒業後、「楽団所属」「海外留学」「弟子入り」の3つの手段から門をたたく。演奏者のまとめ役・司令塔として個々の表現力も高める役割を持つが、他の演奏者と異なり終身雇用はなく、「年間○回の公演」等の条件で契約される立場だ。

 林さんは「一定のラインに達しないと、歯牙にもかけられない」と、指揮者業界の現状を語る。「僕が取ったコンクールは知名度がないが、世界的に権威があるコンクールで1位を取ると、一目置いてもらえるようになる」。

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 自己研鑽については「楽譜を読めば読むほど、蓄積されるものがある」といい、「映像記憶力がある人は、パラパラとスコアをめくるだけで全部記憶でき、移動中にスコアを持たなくても勉強できるらしい。そうした能力を価格に反映するのは難しい」と述べた。

(『ABEMA Prime』より)

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