1966年6月に静岡県清水市(現静岡市)で起きた一家4人殺害事件のやり直しの裁判(再審)で、静岡地裁の無罪判決(求刑・死刑)を受けた袴田巌さんの姉・ひで子さんが30日、都内で記者会見に応じた。会見では、巌さんの“拘禁症”がどのような形で出てきたのかなどを赤裸々に語った。
 「無期(懲役)時には大変、元気でございました。面会に行っても、私達の方が励まされたぐらい。事件のことを一生懸命話していました。そんな状況でしたが、死刑が確定して死刑囚だけのいるところへ行ってから、隣の部屋の人が処刑された時に、私がたまたま一人で面会に行ったら、あたふたと出てきて、もう身を乗り出すようにして『昨日処刑があった!隣の部屋の人だった!お元気でと言っていた』と言って、みんながっかりしていると一気に言ったんですよ。私はそれを聞いて、突拍子もないことを言うからぽけっとしちゃって。それ以後、電気を出す奴がいるとか、サルがいるとか変なことを言うようになったんです。だから死刑囚のいる房に行ってから、がくんとおかしなことを言うようになったんです。死刑確定から、特に拘禁症はひどくなったと思います」