12月31日(火)さいたまスーパーアリーナで開催される「RIZIN DECADE」。10度目のRIZIN大晦日大会は3部構成で行われ、その大トリ=「RIZIN.49」のメインイベントが王者・鈴木千裕と挑戦者クレベル・コイケによるフェザー級タイトルマッチに決まった。鈴木は過去に因縁のあるクレベルに対して「彼をチャンピオンにさせちゃいけない。僕が意地でも防衛する」と感情を露にし、8年前のアマチュア時代のある出来事を交えながら大晦日に戦うことへの想いを語った。
大会まで残り5週間、鈴木は都内のスタジオで取材に応じた。鈴木はクロスポイント吉祥寺での練習を終えてスタジオに入り、数パターンのビジュアル撮影を終えたあと、本サイトを含む複数のメディアからのインタビューに応じていた。試合が大晦日ということもあり、鈴木には格闘技以外の一般メディアからの取材依頼も多いという。
普段から練習量が多い鈴木にとってはハードな一日だが「僕も休む時はバツン!と休みますよ。動けなくなったら、もう練習しないって。丸一日何もしないときもありますし、自分が駄目だと思ったら(練習は)やらないですね。がむしゃらにやっても意味がない領域もあるので」と自分と対話しながら日々を過ごしている。
昨年11月にアゼルバイジャンでヴガール・ケラモフを下して第5代RIZINフェザー級王者となった鈴木は、2024年も全力で駆け抜けた。4月の「RIZIN.46」では挑戦者・金原正徳をKOして初防衛に成功し、6月のKNOCKOUT代々木大会ではMMAのレジェンド五味隆典とも拳を交えた。約1カ月後の「超RIZIN.3」でのマニー・パッキャオ戦は右拳の負傷で無念の欠場となったが「凹みはしましたけど、これも何かの糧になるだろうなと思っていましたし、ちゃんとやることをやっていればチャンスは必ず来る」と復帰に向けて準備を続け、大晦日のメインイベントという大舞台でクレベルを迎え撃つ一戦が組まれた。挑戦者クレベル・コイケ、そして大晦日のメインイベント。この2つは鈴木千裕というファイターにとって大きな意味を持つ。
■「生半可な覚悟しかないやつはチャンピオンに相応しくない」
鈴木とクレベルのタイトルマッチは2023年6月の「RIZIN.43」で一度組まれている。この時は王者クレベルに鈴木が挑む形だったが、クレベルが公式計量を400gオーバーしたため試合前に王座剥奪、鈴木が勝った場合のみ王座として認定される変則的な形で行われた。試合そのものはクレベルが鈴木から腕十字でギブアップを奪ったものの、公式記録では無効試合という裁定が下された。カード発表会見の席で鈴木が「悔しいですけど自分の中では負けを認めています」と話すように、鈴木にとっては事実上のリベンジマッチでもある。そして鈴木とクレベルにはリベンジマッチ以上の深い因縁がある。それは鈴木戦後のクレベルのある言動が原因だった。
「僕はクレベルをチャンピオンにしちゃいけないと思っています。それは僕の中に答えがあって、個人の美学の問題なんですけど、僕も過去に計量を失敗して失格になったことがあるんです(※2018年12月、PANCRASE302での中村龍之戦)。その時にもう格闘技を辞めようと思っていたら(山口元気)会長が止めてくれて、その時にMMAからキック(ボクシング)に転向しました。キックに転向してチャンピオンになることが出来たら、もう一回MMAに挑戦しようと。僕の中では計量で失格した人が、ちゃんと計量をクリアした選手たちと同じ舞台に上がっていいのか?という自問自答があって、もちろんペナルティを守れば試合は出来るんですけど、僕の美学ではそうじゃなかった。一度MMAから離れてキックでチャンピオンになる。それが僕なりの償い方、けじめのつけ方でした。
今僕はキック(KNOCKOUT)でチャンピオンになって、MMAに戻ってきてRIZINのチャンピオンにもなりましたが、あの時のことは今でも反省しているし、許されないことをしてしまったという気持ちは変わりません。この業界にいる限り、その十字架を背負っていくことは当たり前だと思います。じゃあクレベルがどうかと言ったら、僕と試合したあとに冗談で“1クレベル=400gオーバー”とプリントされたTシャツを作って、それを売ったりしている。はっきり言って舐めてますよ。『それが外国人特有のノリだ』とか『ブラジル人だからね』とかいう人がいますけど、それは違います。クレベルだからそうなんです。きっと彼はそこまで反省してなくて、やっちゃったね程度なんですよ。だからそんな生半可な覚悟しかないやつはチャンピオンに相応しくない。
しかもクレベルはRIZINが好きみたいなことを言うじゃないですか。僕からしたらルールを守らない、ルールを破っても詫びない、それをギャグにする……ってどうなのって思います。本当に好きじゃないだろって。確かに彼は強いですよ。それは認めます。でも彼がチャンピオンになったら、子供たちは『計量失敗しても、ふざけてネタにしていいんだ。クレベルもやってたし』って思いますよね? 計量に失敗した選手が何日か経って計量オーバーTシャツ作ってふざけていても『チャンピオンもやってたんだからいいでしょ』って言われますよね? それが認められるようになったら終わりです。考え方は人それぞれあると思いますが、僕は彼の考えややっていることは違うと思います。だから僕は意地でも防衛するし、彼をチャンピオンにさせちゃいけないんです」
■“職業格闘家”への思いを改めて強くしたRIZINのリング あれから8年…“絶対王者”への道
そして大晦日、さいたまスーパーアリーナのリングは鈴木が喜びと悔しさを噛みしめた場所でもある。今から8年前の2016年、当時アマチュアだった鈴木はRIZINが主催したアマチュア大会=RIZIN FF アマチュアMMA2016 カンカCUPで優勝している。このトーナメントの決勝戦は大晦日「RIZIN.4」の休憩中に行われた。一人のアマチュア選手にすぎなかった鈴木はリングから見渡すさいたまスーパーアリーナの景色に感動した一方、自分が人生をかけた戦った試合が休憩中のアトラクション的に行われたことが悔しかった。
「アマチュアとは言え、初めてさいたまスーパーアリーナのリングに立って、パッと客席を見たときに、ありえない人の数だったんですよ。アマチュア大会しか経験していない人間からするとあの景色は本当に迫力がすごくて、あれは忘れられないです。試合前にトレーナーから『これで優勝して人生変えろ!』と言われて試合をして、KO勝ちしたあとにトレーナーと『俺人生変えましたよ!』って言って抱き合ったんです。そうは言ってもアマチュア大会で優勝しただけなので、デビューした直後のファイトマネーも数万円レベルだし、バイトしながら格闘技をやるというの変わらなかった。だからこそ絶対に格闘技で成功して職業格闘家になるんだと思いましたね。
あとは今だから言えますけど、休憩中に試合を組まれたことがむちゃくちゃ悔しかったんです。もちろんアマチュアの選手からしたら、休憩中とは言えRIZINのリングで試合ができるのは超ありがたいことだと思います。でも僕にとっては人生を変えるつもりでやった試合だし、それを休憩中の余興や見世物みたいに扱われた気がして、せめて前座中の前座でいいから、本戦前のオープニングファイトの枠で“試合”として扱ってもらいたかったというのが本音です。でもあの場所でうれしい想いと悔しい想いをしたからこそ『いつか俺がチャンピオンになって、自分の力でお客さんを集めて大晦日のメインイベントで試合をするんだ』という気持ちになりましたね。あれから8年、それを実現することができて感慨深いです」
鈴木は自らの拳で大晦日のメインイベントを勝ち取った。しかも挑戦者は過去に因縁のある、そしてファイターとして絶対に認めることが出来ないクレベルだ。「大晦日にリベンジして、自分が本当のチャンピオンになる」という言葉を証明するうえで、これ以上ないシチュエーションが整った。
「僕の野望は絶対王者になることです。チャンピオンになった時にも言いましたけど、筋を通している限り相手は選ばないし、どんな相手が来ても勝つ。PRIDE時代のエメリヤーエンコ・ヒョードルやヴァンダレイ・シウバがそうだったじゃないですか。ドン!と構えて、誰が来ても圧倒的な強さでぶっ飛ばすみたいな。しかもチャンピオンなのに守りに入らなくて、常に勝つことに飢えているし、満足していない。子供ながらにヒョードルやシウバの試合を見て血がたぎるというか、生き物的にかっこいいなと思っていました。時代とともに発言だったり行動だったりが制限されて、本当にクソつまらない世の中になってますけど、格闘技は違うぞと。リングの上は今も昔も変わらないと思います。
ただ昔の格闘技は強ければ何でもOKだったと思うんですよね。別に問題を起こそうが何しようが、強いからいいでしょうみたいな。全員がそうではないですが、リング上で戦っている時はカッコいい、でもリングを降りたらだらしないみたいな選手が多かったような気がします。でも今はそうじゃない。リングの上でもかっこいい、リングを降りてもカッコいい。そういうファイターとしての威厳を持つことが大事だと思っています。もちろん人間なんで、悪いことをするかもしれないし、ミスもするし、問題を起こすかもしれません。でもリングの中でも外でもかっこいい、リングの外でもファイターの威厳を出し続けられる人間でいたいと思います。それが僕の理想のチャンピオン像です」
鈴木千裕とクレベル・コイケ。どちらがRIZINのチャンピオンに相応しい人間なのか。これからの時代、格闘技界に必要な人間はどちらなのか。それを決める大一番が10度目のRIZIN大晦日を締めくくる。
文/中村拓己