何年かして、ようやく自分で落語会を開けるようになった時、父の病気を知った。医師からは「もう長くない」と聞いた。もし僕が病気のことを知ったら、看病しようと落語家を諦めてしまうかもしれない。そう思って父は、僕に病気のことを知らせなかったらしい。
病院で会った父は意識が朦朧としていた。僕は父の耳元で、初めての落語会を開いた。演目はもちろん、『薮入り』。「おっかあ。せがれ帰ってきたらよ、好きなもん、うんと食わせてやれ」「早くお寝なさいよ」。
退院したら父は、実家に僕を呼ぼうとしていたと、後から聞いた。食事をたくさん用意して、旅行も計画して、『薮入り』そのままだ。
翌日、父は亡くなった。もっと素直になればよかった。今から僕にできるのは、大事に大事に『薮入り』を演じることだけだ。
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