ムーミンの生みの親、トーベ・ヤンソンの自画像
『ムーミン谷の彗星』は、ムーミン谷に迫り来る彗星の謎を解き明かすために旅に出たムーミンたちが、その道中で仲間たちと出会い、友情を深めながら危機に立ち向かうという物語。第2次世界大戦中に書かれたこの物語は、トーベがヘルシンキで経験した空襲や、防空壕に逃げ込む人々の様子が反映されているという。
1954年にはイギリスの新聞で連載マンガがスタート。ムーミンは世界的に人気となった。その一方で、画家を天職だと考えていたトーベはフィンランド各地にある市庁舎や病院、保育園など、公共施設の壁画も数多く手がけた。
小児病棟の壁画のコンペティションのために提出したスケッチもその一つだ。スケッチには、幼い患者たちの不安を和らげるために、ムーミンの仲間たちが楽しそうに階段をかけ上がる姿が描かれている。
「トーベは非常に才能のあるイラストレーターであった。絵の中で色を使う際にも、その才能を感じる。また彼女のユートピアへの憧れは、ムーミン谷の想像力豊かな世界と、公共施設に描かれた物語の両方に反映されている。彼女の絵の中のおとぎの世界は最高である」
平和を求めてトーベが生み出した“ムーミン谷”は、80年経った今も世界中の人々を魅了し続けている。(『ABEMA Morning』より)
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