「まず家を処分しようと思った」
賞金を目当てに受けた、映画「メイン・テーマ」のオーディションで、見事2万3000人の応募の中から選ばれ、デビュー作で薬師丸ひろ子の相手役として俳優デビューとなった。
そして、ブレイクのきっかけとなったのが…
野村「初めてのテレビ。連続ドラマ『教師びんびん物語』。初任給が当時で15万円くらいだったと思う。2年目で30万円に上がったのかな。3年目で40万円くらいだった」
全盛期の最高月収は6000万円。27歳という若さで、世田谷区に敷地110坪、建物80坪の豪邸を2億4,000万円で購入した。
野村「連続ドラマのギャラにプラスしてコマーシャルが入ると当時はギャラが良かった。1,000万円単位で入ってくる。コマーシャル2本分のギャラで5,000万円とか入ると『ポルシェ買っちゃおう!』みたいな」
プライベートでは34歳の時に結婚し2人の子どもに恵まれた。しかし、年を重ねるにつれ、仕事は少しずつ減っていった。
野村「やっぱり人気商売って良い時もあれば、落ちていく時もある。ギャラだって下がるのは当たり前だし。でも当時はそういうのを計算してなくて人にお金を貸してしまったり。友達として付き合っていた人からそういう風に言われると『いいよ』と貸したことが結局仇になったりする」
収入が減っていく中、知人に貸したお金は7000万円ほどにのぼったという。
野村「アホだよね、今思えば。人が良いというか…でも貸しちゃったものはもう戻ってこないからね。あげたと思わないとね。そこを後悔していても始まらないので今はもう忘れてますね」
金銭感覚も原因の一つで夫婦間に溝が深まり、44歳の時に離婚。手元には家のローンも含め1億円の借金が残った。
野村「結婚して、小さい子どもが2人いて私立にも通わせていた。仕事も激減して、CMとかもなくなったのに一軒家のローンもけっこう払っていた。だからまず家を処分しようと思った。無駄に大きかったし」
家を売ったお金で借金を返済し、別れた妻や子どもたちにお金を渡したという。そして、50歳の時に15歳年下の一般女性と再婚し、翌年娘が誕生。
現在は小学3年生になる娘を育てながら、俳優業と店舗経営に励んでいる。
野村「ただ肉を焼けばいいってわけじゃなくて経営もしていかないといけない。時間は全然なくなったね。娘ちゃんと遊ぶ時間も減ったし。そのうちパパと遊んでくれない時期にもなってくる」
2025年11月から、経営をともにする友人が離れ、野村は1人で店を背負うことになるという。
野村「『おいしい』って言ってもらってまた来てくれると嬉しいよね。60歳でのんびりしたいと思ったけど少し延ばして65歳まで、ちょっと頑張って働いて。あと5年。5年後に好きなゴルフもやりながら。だってさ、いつ死ぬかわかんないよ? 長生きしたいとは思わないけどやりたいことをやっておかないとね」
(『ABEMA NEWS』より)

