
再びウクライナの和平交渉に乗り出したトランプ大統領だが、ロシア寄りとの指摘が尽きない。合わせて米国は『国家安全保障戦略』で、アメリカ大陸が位置する「西半球重視」を打ち出した。専門家は“日本にとっての最悪シナリオ”として、米国が中国・ロシアとの間で国際社会の枠組みを固めていくことを懸念する。アジアの安全保障はどうなるのか。
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1)ウクライナ和平交渉で米特使“ロシア寄り”なぜ
アメリカはウクライナ、ロシアと「和平案」の協議を続けているが、今回もロシアは譲歩の姿勢は見せていない。12月2日、アメリカのウィトコフ特使は、モスクワでプーチン大統領と会談。アメリカは「19項目の和平案」と「4つの文書」をロシア側に提案し、話し合いは5時間に及んだとされる。

ロシア側が譲歩しない項目が「ウクライナ東部の領土」と「停戦後のウクライナへの安全の保証」。当初の米国の和平案では、クリミア半島と東部2州、ドネツク州とルハンシク州をロシア領としていた。ドネツク州の前線でロシア軍と戦闘中のウクライナ軍は撤退することになる。最終的にロシアに提示した和平案の内容は明らかにされていないが、ジョセフ・クラフト氏(経済・政治アナリスト)は「トランプ氏の焦り」を指摘する。
トランプ政権が食料品220品目の関税除外、ベネズエラへの強硬姿勢や、過激な移民政策を打ち出しているのは、支持率低下による焦りから。今回のウクライナの交渉も、そうした焦りから戦略が立てられていない。トランプ氏自身、ただ停戦を求めるだけで、ビジョンも戦略もない。もう一つ問題は、トランプ政権内で、ウィトコフ氏が率いる親ロシア派と、国務長官ルビオ氏が率いる親ウクライナ派の間で全く連携が取れていない。政権内のひずみが、交渉を停滞させている。
交渉人はできるだけ中立でないと双方からの信頼を得られないが、ウィトコフ氏は一方に肩入れする傾向がある。しかも外交経験がなく、8月のトランプ・プーチン会談でも、ウィトコフ氏が「プーチン氏も停戦を前向きに考えている」と読み間違えて、実際に会ったらそうではなかった。

小谷哲男氏(明海大学教授)も、ウィトコフ氏とロシアの関係を注視する。
ウィトコフ特使に関しては、今年の春ぐらいから、「完全にプーチン氏に取り込まれ、操られている」とされ、“危ない”という評価だった。最近、ウィトコフ氏に関する様々な研究が進み、ウィトコフ氏のこれまでの不動産開発ビジネスは、相当ロシアマネーを受け入れていたことが分かってきた。今回の停戦案の中にも米ロの経済関係強化が入っているが、それもトランプ氏周辺のCEOや企業にメリットがある内容になりそうだ。ウィトコフ氏は、操られているだけでなく、自分のビジネスも踏まえてロシアとの関係を強化しておきたい側面もあるのだろうと言われている。

2)「当初案には非公表の2項目も…」日本も警戒すべき“最悪シナリオ”とは
米メディアは、12月2日の米ロ協議の1カ月あまり前に、両国の担当者が集まったと報じている。

ウォール・ストリート・ジャーナルによると、10月24~26日、米・マイアミでウィトコフ特使、トランプ大統領の義理の息子クシュナー氏、そしてロシアの大統領特別代表ドミトリエフ氏が協議した。ロシア側は「欧州で凍結されているロシア中央銀行の資産3000億ドル(47兆円)の活用」や「米ロ企業で北極圏の鉱物資源の開発」計画を提示したとされる。

小谷哲男氏(明海大学教授)は、トランプ政権がロシアとの経済協力だけでなく、中国も交えた3国の枠組みでの合意も勘案している可能性を指摘する。
アメリカが当初まとめた28項目からなる和平案は、実は30項目あるのだと、項目を直接見た人から聞いた。2項目は意図的に公開されていないのだろうと。公表されなかった2項目のうちの一つが米ロの経済協力で、まさに今回ウォール・ストリート・ジャーナルが、すっぱ抜いたもの。ロシア側はアメリカ側、特にトランプ氏周辺に利益が出ることを提案し、ロシアに有利な形で停戦につなげようとしている。
もう一つは、米国・中国・ロシア関係に関する、公表されていない合意内容があるはずだと聞いている。ちょうどウィトコフ氏とクシュナー氏がプーチン氏と会った12月2日に、中国の王毅外相がロシア安全保障会議書記のショイグ氏とモスクワで会っている。これがどこまで関連しているのかはまだわからないところがあるが、米中ロの間で、今後ウクライナの問題だけではなく、より大きな問題に関しても話し合って決めていこうというような合意があってもおかしくない。クシュナー氏は1期目、政府の大統領上級顧問として中国との交渉も担っていた。2点目についてはどこも報じていないが、かなり秘密外交めいた側面がみられる。
さらに、小谷哲男氏(明海大学教授)は、「10月末にあった、電話での米中首脳会談でもウクライナの停戦について、中国の何らかの役割を議論した可能性は十分考えられる」と指摘し、日本にとっての“最悪シナリオ”を懸念する。
“米中G2”というのが、我々日本からすると最悪なシナリオだが、もう一つ、“新ヤルタ体制”という形で、米中ロで世界の物事を決めていく恐れもあり、その方向性で話し合いが進んでいる可能性も否定できない。今回のアメリカの国家安保戦略を見る限り、アメリカは西半球さえ安全であればいいと考えており、アジアやヨーロッパについては、中国やロシアと是々非々でやっていくとも読めなくはない。
ジョセフ・クラフト氏(経済・政治アナリスト)は、トランプ氏に対峙しているのは今や米国の議会や世論だと指摘する。
トランプ氏との交渉にはポイントが2つある。ひとつはおだてる。もう一つはディールを持ち込むこと。ロシアと中国はこの2つを巧みに使って、トランプ氏を動かしている。
とはいえ、トランプ氏にとって足かせになっているのはアメリカの議会と世論の存在。議会は明らかにウクライナ寄り。3月以降、アメリカの世論もウクライナ支持が高まっている。ここでウクライナが不利になるような行動をとれば、中間選挙で不利になる。ヤルタ会談的な方向に進む可能性は否定できないが、ヤルタ会談のような写真を撮られることがあれば、おそらく中間選挙で負ける。そこは慎重に、水面下で動くことはありうるだろう。
3)アジアの安全保障に影響不可避 問われる日本の戦略
トランプ政権が今回『国家安全保障戦略』の中で鮮明に打ち出したのは「西半球重視」の姿勢だ。番組アンカーの末延吉正氏(ジャーナリスト/元テレビ朝日政治部長)は「米国の国家安全保障戦略の中に“台湾海峡も重要”とも入っているが、実際にはどうなるのか。中国は絶対に譲らないと思う」とアジアの安全保障を危惧し、問題提起した。

小谷哲男氏(明海大学教授)もトランプ政権の今後を注視する重要性を強調した。
台湾に関しては、従来の方針を変えないという表現になっているが、一方で中国との間で互恵的な経済関係を結ぶと書いてある。また一方で、アジア、台湾周辺のシーレーンの重要性についても言及している。シーレーンの重要性を考えるのか、それとも中国とのビジネス、直接のビジネス関係を重視するのかにより、残り3年のトランプ政権の方向性は大きく変わっていく。
ジョセフ・クラフト氏(経済・政治アナリスト)は、日本外交のあり方に警鐘を鳴らす。
アメリカの安全保障戦略はもっと、真剣に見ていかないといけない。これは“G2ヘゲモニー”だ。西半球に力を入れるということは、アジアからは引くということ。台湾侵攻は抑止しなければならないが、それは日本をはじめアジアの役割だと。衝撃的だったのは、12月3日、ベッセント財務長官の「アメリカは中国の同盟国だ」という発言だ。この発言は、安全保障の指針や、今のトランプ政権の戦略を表し、中国との貿易のディールにもなっていて、日本は取り残されている。日本はもっと積極外交で、自国の主張をしていかないと、どんどん米中に主導権を握られかねない。非常に危機感を感じる。

番組アンカーの末延吉正氏が「同様の認識か」と小谷哲男氏(明海大学教授)に問うと、小谷氏も「ついに公式な形で、アメリカの方針が示された。日本も来年にかけて戦略3文書を見直すが、これまでとは全く前提の異なる形で、日本の安全保障を考えなければならない」と危機感を示した。
(「BS朝日 日曜スクープ」2025年12月7日放送より)
小谷哲男(明海大学教授。米国の外交関係・安全保障政策の情勢に精通。「日本国際問題研究所」研究主幹)
ジョセフ・クラフト(東京国際大学副学長。投資銀行などで要職を歴任。米政治経済の情勢に精通。米国籍で日本生まれ)
末延吉正(元テレビ朝日政治部長。ジャーナリスト。東海大学平和戦略国際研究所客員教授。永田町や霞が関に独自の多彩な情報網を持つ。湾岸戦争などで各国を取材し、国際問題にも精通)
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