ひろゆき氏は、素人を現場に入れるリスクよりも、介護者が皆無になることで「死ななくていい人が死んでいく」という未来こそを危惧すべきだと説く。「国を守る仕事。兵隊だって、好きで兵隊になる人なんてほとんどいない。でも兵隊は必要だから、徴兵制という仕組みで無理やりなんとかしたという国家の歴史もある。誰かがやらないと社会が回らない。ある種、強制的にやらないといけないもの」と、義務化という強硬手段の必要性を訴えた。
ひろゆき氏の案には、義務化と並んで「500万円を払えば免除される」という条件も盛り込まれている。これは、職業選択の自由を定めた憲法への配慮に加え、合理的な人材配置を狙ったものだ。
「嫌な場合は、指定した施設に500万円払う。そうすれば施設はその500万円で別の人を雇ってもいいし、機械化をしてもいい。使えない素人が来るより500万の方が得というパターンもある」。
500万円という金額の根拠については、社会保険料や施設の運営経費などを考慮した「それなりの金額」としており、なすの在宅生活支援センター代表・中村洋文氏も「現実的に即するような金額でもあり得る」と一定の理解を示した。
また、20代や30代というキャリアの重要局面に半年間も現場を離脱することへの懸念に対し、ひろゆき氏は「会社の仕事の中で、ちょこちょこと半年間抜けるという人が出てくると、抜けた上でも回せるような仕組みを、民間の会社が作らなきゃいけなくなる」と、むしろ副次的なメリットを強調する。「会社の中で何カ月か抜けるのが当たり前という社会になると、むしろ産休・育休も取りやすくなる」とも述べた。
議論の焦点は、素人が現場に入ることで介護の質が低下しないかという点にも及んだ。これに対し、ひろゆき氏は「担当者がコロコロ変わる」ことこそが、現場を改善する鍵になると主張する。
「人間が人間を世話することが、そもそもできなくなる。そうすると機械化、ロボット化、AI化が必要になり(高齢者を)お風呂に入れるのも全部機械化してしまえれば、ボタンを押すだけなら素人でもできる」。
属人的な技術に頼らず、機械化やマニュアル化を徹底することで、誰でも働ける環境を強制的に構築すべきだという考えだ。さらに「YouTuberになりたいと言っている若い女の子とかが半年間いてくれるだけで、雰囲気が変わる。高齢者になったとして、たまにかわいい人が来たり、イケメンが来たりして、高齢者も『あいつ、ダメだよな』などと言いながら『次のやつに期待しよう』と言っている方が面白い」と、若者の存在が施設に刺激を与える「イベント」としての価値にも触れていた。
(『ABEMA Prime』より)
