【写真・画像】国が消滅した原因は「資料の読み飛ばし」ベルリンの壁崩壊の真相にノブコブ吉村ら騒然「うそだ!」 2枚目
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 1989年11月9日、東西ドイツを隔てていた「ベルリンの壁」が崩壊した。歴史的な革命として名高いこの出来事だが、実はきっかけは、広報担当のシャボウスキーが会見で資料をよく見ず「東ドイツから自由に出国していい」と口走ってしまった“世紀のしくじり発言”だったという。

 この放送を知ったお隣の西ドイツ側は大熱狂! 議員たちが議会で国歌を熱唱するほどの盛り上がりを見せる。一方、当の東ドイツ市民は「またまた〜、そんなバカな」「罠じゃないか?」と半信半疑。しかし、西側のテンションが伝わるにつれ、「どうやら本当らしいぞ」と確信に変わり、会見からわずか3時間後には数万人の群衆が検問所へ大集結。「門を開けろ!」の大合唱が巻き起こる事態となった。

【写真・画像】国が消滅した原因は「資料の読み飛ばし」ベルリンの壁崩壊の真相にノブコブ吉村ら騒然「うそだ!」 3枚目
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 世界が歴史の転換点に揺れる中、当の政府幹部たちは一体何をしていたのか。なんと、失言の主であるシャボウスキーは、会見が終わるやいなや「もう今日は仕事したくない!休みたい!」と激疲れで即帰宅。

 さらに、渡航規則の資料を作った担当者のラウターに至っては、妻と観劇中。帰宅して息子から壁で暴動が起きていることを知らされたという。

 一方、現場で民衆と向き合っていた国境警備隊責任者のイェーガーは、まさに地獄を見ていた。数万人の群衆が押し寄せ、警備隊も銃を構えるというこのままでは死人が出るほどの騒ぎに。必死に議員へ電話し「どうすればいいんだ!」と助けを求めるも、返ってきたのは「落ち着けよ、ビビってるのかい?」という、あまりにも無責任な言葉だった。

 「もうたくさんだ! 自分で見に来てみろ!」とブチギレて電話を切ったイェーガー。リーダーのクレンツは行方不明、幹部も音信不通、シャボウスキーは渋滞にハマって立ち往生…。この「詰み」の状態で、現場のイェーガーが取った驚きの行動とは?

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