“美しすぎる気象予報士”として注目される気象予報士・穂川果音が、レギュラー出演してきた「ABEMA Prime(アベプラ)」を卒業する。MCなど共演者が次々と変わる中、10年に渡って出演してきた中で、ネットニュース番組の在り方や、通信環境の発達により天気情報への触れ方も、大きく変わってきた。手のひらから「パーソナルな天気が見られる時代」において、気象予報士がメディアを通じて発信していくべきものは何なのか。穂川自身も「プラスの何か」と模索する方向性を聞いた。
2016年4月11日、当時「AbemaTV」としてスタートしたABEMAだが、アベプラにおいては、開局前の先行配信として一足先に始まった。穂川とアベプラは、その時から一緒に歩みはじめ、ちょうど10年を迎える。
穂川 本当に出来立てホヤホヤのネットテレビという感じでした。なかなか「AbemaTV」と覚えてもらえなくて「Ameba(アメーバ)TV」と呼ばれたり…(苦笑)。私についても、当初の計画では「韓国のお姉さんっぽく」と言われていて、短いスカートにスーツという衣装だったけど、そのうち「天気予報を外したらコスプレ」という内容になりました(笑)。手作り感が満載でしたね。
当時、YouTubeをはじめとするネット配信はあったものの、天気を含めた「ニュース」を届けることは、今ほど当たり前ではなかった。穂川は「コロナ禍の前あたり」が、転換期だったと感じている。
穂川 一般的になったのは、コロナ禍の少し前からだと思います。YouTubeでニュースが見られたり、テレビ局がテレビだけでなくネットにも配信したり。ABEMAを見ている人も私の身の回りでもすごく増えました。先日、秋田に行った時、高齢の女性に「ABEMAでお天気やっているんです」と伝えたら、「みんな見てるもんね」と。こういう年齢の方にも見てもらえるようになり、この10年で知名度は大きく変わったし、ネットへの抵抗もなくなり視聴者が増えたなと感じています。
「ネットでニュースを見る」ことが加速したタイミングとして感じたのが、2016年の熊本地震だったという。地震が起きれば、まずテレビをつけて状況確認、というのが長く日本人の生活で根付いていたところ、スマホが災害情報を得る“ライフライン”になった。
穂川 地震などで避難中、テレビが無くてもスマホでABEMAが見れるってことが知れ渡りました。アベプラも最初はニッチな話題を伝えるというイメージが強かったですが、どんどん地上波のニュース番組らしいものも取り入れるようになりました。熊本の後も大きな地震が多かったですし、コロナ禍もありました。そうした時に、ネットテレビの便利さが評価されたと思うので、変化の多い10年に携わらせてもらいました。
■新たな気象予報士へ
