
広島の復興を支えてきたシンボル、広島城の天守閣が22日に「閉城」した。そこには被爆からの歩みと未来へ歴史をつなぐための大きな決断があった。
“最後の姿”に多くの人が
来場者
「最後だから絶対見たいねって。絶対に入れないと思って来たんです。最後、目に焼き付けておこうと」
「中に入って広島の景色を見たい」
広島城の天守閣が22日、老朽化や耐震性の問題を理由に閉城した。
3連休の最終日、4000人分の整理券が先着順で配布され、天守閣の最後の姿を見ようと多くの人が訪れた。
広島城は1589年、毛利輝元が築城。歴史的価値が認められ、昭和初期には国宝にも指定された。
しかし、第2次世界大戦の際、原爆により倒壊。広島城は失われてしまった。
終戦から約13年、広島復興大博覧会に合わせ、その象徴として鉄筋コンクリート製で天守閣が復元された。
今後は「木造復元」検討
戦争で焼け野原となった町の希望となり、68年にわたり多くの人に親しまれてきた広島城。今後の方針として有力なのが木造復元だ。
広島城の今後について、広島城天守閣の木造復元を実現する会・大橋啓一さんに話を聞いた。
「コンクリートで昭和33年にきちっとした広島城を作った。それがもうそろそろ耐用年数がきた」
木造で復元した場合、長期的に修復していけば100年から200年持つような建物になるという。
大橋さんは、広島城の木造での復元が可能なのは歴史的な出来事が関係していると話す。
「昔、広島城は国会が開かれたことがあります。日清戦争のころ、明治天皇も来られて。(その後に来た)陸軍の人たちが広島城の図面をきれいに残している。だから、その図面があるがゆえに復元が可能。(木造で復元することで)お城を広島の原点をきちんと歴史を見つめていこう」
木造復元への課題と道のり
新たな広島城は木造で復元されることが検討されているが、それはなぜなのだろうか?
広島城天守閣の木造復元を実現する会の大橋会長は、現在の天守閣は鉄筋コンクリートで再建されたもので、耐用年数である約60年をすでに超えていて、大きな地震で倒壊する恐れがあるという。
木造であれば、長期的に修復を重ねていくことで100年、200年と長く建物を維持することができ、さらに図面が残る広島城は、木造で復元できれば国内で最も古い様式を伝えるものになるそうだ。
しかし、木造での復元は簡単な道のりではない。
課題として挙げられるのが、まずは「コスト面」。2020年の市による試算では、木造での復元の費用は約86億円が見込まれていたが、去年出された試算では資材高騰や人件費の増加により約195億円まで膨らんでいるという。
そしてもう1つの課題が「石垣への負荷」。
現在の鉄筋コンクリートの天守閣は重さが石垣全体に平均的に分散される構造となっている。しかし、木造になると、巨大な屋根や土壁の重みが数本の太い柱の根元にピンポイントで集中するという。
土台の石垣を含む広島城跡は国の史跡で、杭を打つなどの改造は法律で禁じられているため、石垣を傷つけずいかに現代の基準を満たせるかが課題となる。
膨大なコストや技術的な壁があるが、大橋会長は「広島城は広島の城下町の始まりであり、お城がなければ広島の町はなかった。今は広島といえば原爆ドームが有名だが、原爆が落とされる前にも立派な広島があったという誇りや歴史を、お城の復元を通してきちっと見つめ直したい」と話している。
(2026年3月23日放送分より)
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