タレント・女優として幅広く活躍する山之内すず(24)。「ティーンのカリスマ」と呼ばれ、天真爛漫なキャラクターが印象的な彼女が“絶望の学生時代”を初告白した。
「Re:MAKE 〜拝啓、あの頃の君へ〜」
2001年に兵庫県神戸市で生まれた山之内すず。物心がつく頃には、両親が離婚しており、幼少期はシングルマザー家庭で育った。
小学生時代
「小学校に上がるまでは祖母と母と兄と私の4人で暮らして、小学校に上がってしばらくしてからは、母と母の交際相手と兄と私の4人で暮らしていた。(母の交際相手については)当時からいろいろと思うことはあったけど、自分の本心を口にしちゃいけないというか…あの人のおかげで様々な経験もさせてもらえたけど、子どもなりに、抑圧された環境ではあった」
「小学生の頃から、やたらと学校の先生方に心配をされていた。友達のお父さんお母さんとかも、うちの事情を多少感じ取ってくれた人たちが、直接は言わなくても晩ご飯に誘ってくれたり、お出かけに連れて行ってくれたり。わりと物心ついたときから周りからの見られ方というか、『どういう風にいてほしいか』を敏感に感じてしまう子どもだった気がする。小学校から帰ってきて、家に入る前にマンションの下で大好きな音楽を大音量で聴いて、1回ぶわーっと泣いて『よし、頑張ろう』と家に帰っていたのが、本当に忘れられない」
中学生時代
中学校に上がると兄は全寮制の高校へと進学。母の交際相手は家を出ていき、母との2人暮らしが始まった。
「金銭的な面で言うと、やはり大人が2人から1人になると変わった。私に使ってもらえるお金はないと気づいていた。母と2人で住んでいた木造の家は傾いていて、ビー玉がコロコロと転がった。中学の昼食はお弁当だったけど、私は毎日コンビニでおにぎりを買って、いろいろな友達におかずを一品ずつもらって、私だけビュッフェ形式みたいにしてもらって。そうしていたら、友達のお母さんが気を遣って私のお気に入りのおかずを『これすずちゃんの分ね』と言ってちょっと多めに作ってくれたり」
「でも、中学3年生の時に初めて人の前でぶわーっと怒ったというか、本当に感情が爆発したときがあって。『なんでこんな思いせなあかんねん』というのがパンっとはじけてからは、なかなか自分の感情の整理が上手くいかなくなって。今思うと『私の人生はこういうものだから』という諦めが早い段階でついてしまっていたのか。私はみんなとは違って、それが自分の力でどうにかできるものではないということも理解していた。『生きていればいいことあるよ』と言う大人はたくさんいる。けどそれは、いいことがあったから言える言葉で、もっと多くの人が『生きてみたけどいいことなかったやん』って。どうしようもない人生が確定している人間だっていっぱいいると思いながら、15歳の段階で人生を諦めていた部分があった」
山之内はその後、高校2年生の頃、自身のSNSが芸能事務所の目に留まり、事務所に所属。すぐさま『白雪とオオカミくんには騙されない』(ABEMA)に出演。高校3年生の春に神戸の高校を辞めて上京した。
(『ABEMA NEWS』より)

