記者が議員の仕事部屋におじゃまして様々な話を聞く企画「会館探訪」。初回は第100・101代総理大臣を務めた岸田文雄氏の議員会館の部屋を訪問した。
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岸田氏の部屋には、2016年に外務大臣としてオバマ大統領(当時)を被爆地・広島に招待した際の写真が残っている。写真には、オバマ氏と岸田氏が原爆ドームの近くに並んで立っている。
当時、現場で取材していたというテレビ朝日政治部官邸キャップの千々岩森生記者が「本当に印象的な写真。原爆ドームを見ながらオバマ大統領に説明している」と水を向けると、岸田氏は「当時、私は外務大臣を務めていました。オバマ氏がアメリカの現職の大統領として初めて被爆地を訪問した」と振り返り、写真の状況について次のように解説した。
「原爆ドームがこちらにあって、この左側に佐々木禎子さんという、12歳の女の子が亡くなられた悲劇を記するために像が建てられたと説明した。原爆ドームがチェコの建築家が設計した産業奨励館という、当時の広島市のランドマークになる大きな建物だったことなども伝えたことを覚えてます」
広島選出の議員としてまさに“勝負どころ”とも言える歴史的な外交局面。岸田氏は「やっぱり広島にとっては歴史的な出来事でした。私も小さい頃、広島の年寄りが原爆について語るとき、『いつかアメリカの大統領に広島に足を運んでもらいたい』などと言っていたのを記憶しています。それが現実になった瞬間。やっぱり市民にとっては大きな出来事だったと思います」と、地元に息づいていた切実な願いを明かした。
現職の米国大統領の被爆地訪問は、アメリカ国内での強い反発も予想され、非常に大きな覚悟を要するものだった。千々岩記者がアメリカ側の世論の厳しさに触れると、岸田氏は「世論はやっぱり真っ二つ。アメリカの大統領が広島を訪問することについて分かれていたと思います。その中で政治決断をしたということなのでしょう」と分析。
続けて、「オバマ氏は就任してすぐにプラハ演説でノーベル平和賞を受賞した。その立場でしたし、この広島訪問の後、しばらくして任期が終わる。そういうタイミングで決断をしたということじゃないかな」と、当時のオバマ氏を取り巻いていた政治的背景と思惑について考えを語った。
(会館探訪/ABEMA)

