■脱サラして世界で唯一のラジカセ蒐集家に
1970〜80年代の家電をコレクションしている、家電蒐集家の松崎順一さんは、元インテリアデザイナー。2003年に脱サラし活動を開始した。当時、これらの家電は「粗大ゴミ」扱いだったが、廃品回収や電気屋を1日50件めぐって収集を続けた。2006年には資金が底をつきかけるも、2020年には自身のラジカセ販売店を東京・渋谷でスタートさせている。
家電の中でもラジカセに拘る理由について「1970年代から1980年代、高度成長期で日本の工業製品がピークだった頃、メーカーが一番エネルギッシュで、その時の力作といえばラジカセだった。自分の中では『メイドインジャパン=ラジカセ』という定義で蒐集している」と語る。
性能ではなく第一印象のデザイン(機能美・デザイン美)を重視する松崎氏は、「日本のデザイナーが作った至福のデザインの塊がラジカセ。特に家電製品の中でも、機能美やデザイン美を感じるメカニカルがある」と説明。タブレットなどが指1本で操作できる現代だからこそ、物理的なボタンの重さや硬さ、つまみといったアナログな操作感が逆に面白い時代になっているとの見方を示した。
松崎氏が所有するコレクションは5000台にのぼる 。50年前の機械は部品が劣化して使えなくなるため、それらを修理し、直したものを店舗で販売している。現在は数人のスタッフと共に共同で修理を行っているという。修理品ながらも、しっかりと起動し、独特の雰囲気も醸し出すレア品としては安価とも思える価格設定をしている。
この理由については「昭和のラジカセは今まで廃棄処理され、日本では使われなくなったものが海外にコンテナで輸出された記憶がある。それを食い止めるために、脱サラして蒐集家になった。ラジカセは安く直して、安く販売して、次の方に継承してもらいたい」と語る。
現在、ラジカセの市場は国内外で大きなムーブメントとなっている。世界中にマニアが存在し、特にインバウンド(外国人観光客)が渋谷の店舗に非常に多く訪れるほか、20代や30代のZ世代の若い客も多い。スマホで音楽を聴きつつ、自宅ではラジカセでじっくり聴く若者の「ハイブリッドな音の楽しみ方」も増えているといい、さらに松崎氏が出版した写真集が、世界中の大学の蔵書や将来のデザインエンジニアたちの参考書、マニアのバイブルになっているという。
しかしニッチな蒐集癖は、周囲や家族からの理解を得るのも容易ではない。松崎氏の家電蒐集においても、私生活での摩擦やトラブルが発生していた。「集めていたものが野外で放置されていた家電なので、虫が湧くこともあった。自宅のマンションには置けないので、倉庫を借りて保管するようになった」。
また活動開始からの約3年間は収益がなく、ラジカセを自分で開発・販売した際には大コケし、2000万円の借金を抱えたこともある。世間からの視線も厳しかった。活動を始めた2003年当時は、まだラジカセが粗大ゴミとして出されていた時代だった。当時のインターネット上の反応について、「2ちゃんねるで『粗大ゴミをインターネットで売っているおじさんがいる』と、相当叩かれた」こともあり、現在との違いを思い返した。
23年間にわたる自身の活動を振り返りながら、今後についても「23年間活動しているが、まだラジカセを知らない人がいる。この楽しさを知らない人に、生涯をかけてもっと伝えていきたい」と意欲的だった。
(『ABEMA Prime』より)

