23日、沖縄は先の大戦末期の沖縄戦で犠牲になった人々を悼む「慰霊の日」を迎えた。糸満市摩文仁の平和祈念公園では「沖縄全戦没者追悼式」が営まれ、玉城デニー知事や高市総理らが参列。正午には犠牲者に黙とうがささげられ、式典で玉城知事は平和宣言を読み上げた。
玉城知事は平和宣言の冒頭、沖縄戦から81年という年月の長さに思いを馳せ、「あの日、今と変わらず照りつける太陽の下で、一筋の光も届かない壕の真の暗闇の中で、いつやむか分からぬ砲弾の中で、あるいは逃げ込んだ先で罹患したマラリアの苦しみの中で、生きることを渇望し叶わなかった20万を超える命。沖縄には今もその東西の果て、南北の隅々に至るまで悲劇の記憶が残されています」と語りかけた。
続けて、県民の9割以上が沖縄戦を直接体験しない世代となったことに触れ、「それでも私たち沖縄県民が、地獄と言われた日々を我がことのように感じ、再びこのようなことを起こさせまいと決意を新たにできるのは、絶えることなく鎮魂と慰霊の営みを続けてきた方々や、後世のために子や孫へあるいは学校や地域で凄惨な体験を語り継いできた方々、さらに惨劇の舞台となった場所を保存し続けてきた方々の長年の努力の成果にほかなりません」と述べ、「すべてを失ったと言っても過言ではない81年前のあの時から、今日のような美しい島々を取り戻すまでに、先人たちの懸命の努力があったことを私たちは忘れてはなりません」と先人への感謝を示した。
その上で、沖縄が今も直面している過重な米軍基地問題について、日米合意から30年が経過しても返還が実現していない普天間飛行場については、「一方的な押し付けではない日米両政府と県の対話による解決を求めています。沖縄県は、1日も早い普天間飛行場の返還をはじめ、過重な基地負担の軽減を訴え続けます」と訴えた。
また、国際情勢については、「沖縄戦の実相に触れるたびに、戦争というものはこれほど残忍で、これほど汚辱にまみれたものはないと思うのです」と、沖縄県平和祈念資料館の「むすびの言葉」を引用した上で、「しかし特に近年、大国の力による一方的な現状変更の試みによって国際秩序が揺らいでいる状況は、平和を希求する沖縄県民、そして世界中の人々の願いから最もかけ離れたものだと言わざるを得ません」と懸念を表明。「戦争はたとえ遠い国のことであっても、決して対岸の火事ではありません。他国の軍事衝突が生活に深刻な影響を及ぼすことを、今私たちは身をもって経験しています」と語った。
さらに、今年開催された核拡散防止条約(NPT)再検討会議で成果文書の採択に至らなかったことについては、「核拡散への懸念が高まる状況だからこそ、私たちは一層、平和と核廃絶を訴えていかねばなりません」と主張。憲法にも国民の念願とされている恒久の平和と、その過程としての核廃絶を目指すことについては、「空虚な理想論などではなく、取り組むべき責務として求められているのです」と力説した。
沖縄の役割については、国籍や敵味方の区別なく戦没者の名前を刻んだ「平和の礎」などの取り組みを挙げた上で、「筆舌に尽くしがたい経験を受け継ぎ、平和の心を広く国内外に発信しようとする沖縄だからこそ、世界平和のために貢献していく必要があります」と述べ、恒久平和と人間の安全保障の確立を目指し「戦後百年に向けて私たちが進むべき方向を示したビジョンを策定いたします」と表明。
そして、「私たちはかつてこの地で繰り広げられた出来事を次の若い世代へ責任を持って正しく伝え、平和について学び考える歩みを続けながら、世界平和の懸け橋としての役目を担い、平和創造の拠点、国際協力・貢献のための拠点として、世界の中で確固たる地位を築いてまいります」と、将来への展望を語った。
続けて、玉城知事は沖縄の言葉(しまくとぅば)や英語でも平和への強い想いを述べた。
最後に、「本日、慰霊の日にあたり、犠牲になられたすべての御霊に心から哀悼の意を表するとともに、世界の恒久平和、核廃絶に沖縄が貢献する未来を目指して、不戦を誓い、反戦を訴え、非戦の道を探求することを決意し、ここに宣言します」と締めくくり、宣言を結んだ。
(ABEMA NEWS)

