「この家の人、助かったんかな…」ガーシー(54)、能登でボランティア活動「俺も阪神大震災を若い時にくらってる。伊丹から西宮まで何十分かけて歩いて、水汲みに行ったりした」

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【映像】兵庫・伊丹の団地で育った幼少期のガーシーの写真&被災地で瓦礫を撤去する姿
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 ガーシーこと東谷義和(54)が、被災地で定期的にボランティア活動を行っている理由を告白。「俺も阪神大震災を若い時にくらってるんで」と、故郷・兵庫県で自身が経験した災害の原体験が、ボランティア活動の原動力になっていることを明かした。

【映像】兵庫・伊丹の団地で育った幼少期のガーシーの写真&被災地で瓦礫を撤去する姿

 『改めて、取材しました。』(ABEMA)では、ガーシーに長期密着。日本でインフルエンサーや落語家として活動するほか、全国5つの都市でバー「ハニートラップ」をを展開するなど13〜14もの多角的なビジネスを手掛ける実業家としての顔を追う一方で、カメラは定期的に足を運んでいるという被災地での活動を捉えた。

 石川・能登の被災地を訪れたガーシーは、白いヘルメットにマスク、作業着に身を包み、一般のボランティアスタッフたちとともに倒壊しかけた民家へ。

 壊れた家具や段ボールなどを黙々と運び出すガーシー。「この家の人、助かったんかな?と思いますよね。これだけの結果を見ると…」と、悲惨な現状に胸を痛める一幕もあった。

 被災地に通い続ける原点「伊丹から西宮まで歩いて水汲みに…」

ガーシー
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 なぜ彼は全国の被災地に足を運ぶのか。ディレクターからの問いかけに、ガーシーは自身の生い立ちを振り返りながら、その理由をストレートに語った。「俺も阪神大震災を若い時にくらってるんで。伊丹から西宮まで何十分かけて歩いて、水汲みに行ったりしたんで」

 兵庫・伊丹市で生まれ育ったガーシーにとって、1995年の阪神・淡路大震災は人生の大きな記憶として刻まれている。当時、被災者として過酷な状況を経験し、周囲と助け合った記憶があるからこそ、困っている被災地の人々を放っておけないという純粋な思いが根底にあるようだ。

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