
中川翔子が追悼 「お父さんを失うってこんな気持ちなんだ」
タレントの中川翔子が22日、Xを更新。この日訃報が伝えられた評論家でコラムニストの山田五郎さんを追悼した。
中川は「山田五郎さんが7月14日に旅立たれました」との書き出しで、長文を投稿。故人とは約20年、ラジオ番組で共演し、「人生の半分を五郎さんと一緒に過ごしてきました。スカシカシパン、深海生物、不思議な生き物、くだらないようで誰にも伝わらないようなマニアックな話を、息ができなくなるくらい笑いながら語り合った時間は、私にとって何より大切な宝物です」と振り返った。
続けて「五郎さんは、どんな私も否定しませんでした。『お前はどうしようもねえなあ』『キモいなあ』そう言いながら笑ってくれて、叱ってくれて、心配してくれて、たまに褒めてくれて。五郎さんにしか話せなかったことが、本当にたくさんあります」と記し、「五郎さんがいてくれたから、私は私のままでいていいんだ、好きなものを好きと言っていいんだと思えました」と感謝した。
亡くなった日も駆けつけたというが、「あと5分、間に合いませんでした。悔しくて、悲しくて、信じられなくて。でもどこかで、『お前はしょうがねえなあ。先に行くからよ、頑張れな』と、五郎さんらしく笑って言われたような気がしました。眠っているだけのような穏やかな顔でした」と伝えた。
自身は9歳で実父を亡くし、「お父さんを失うって、こんな気持ちなんだ。心に大きな穴が空いています。まだ全然、向き合えていません」とも。「五郎さんのような人は、もう現れないんじゃないかと思います」と悔やみながら、「五郎さん、大好きです。どうか安らかに眠ってください」と結んだ。
(22日 16:50更新)
◆ステージ4Bの原発不明がん、闘病を続けていた
7月22日、YouTubeチャンネル「山田五郎 オトナの教養講座」の動画で発表されました。山田さんは2024年10月に、ステージ4Bの原発不明がんを公表し、闘病を続けていました。
山田さんは1958年生まれ、東京都出身。上智大学文学部卒。大学在学中にザルツブルク大学に留学し、西洋美術史を専攻。卒業後は講談社に入社し、雑誌「ホットドッグ・プレス」の編集長などを務めました。
テレビ朝日系「タモリ倶楽部」に“お尻評論家”として出演したのをきっかけに、バラエティー番組などのコメンテーターとしても活躍。レギュラー出演した「出没!アド街ック天国」(テレビ東京)ではその博識ぶりを披露していました。
著書に「百万人のお尻学」「山田五郎のマニア解体新書」など。
(15:30更新)
◆山田五郎さん(67)が死去 所属事務所が発表
所属事務所によりますと山田さんは、今月14日、亡くなりました。
山田さんは大学を卒業後、講談社に入社し「Hot‐Dog(ホットドッグプレス)PRESS」の編集長などを経てフリーに転身しました。
西洋美術をはじめ、時計やファッションなど幅広い分野に精通し、その博識ぶりとユーモラスな解説で活躍しました。
テレビ番組「タモリ倶楽部」や「出没!アド街ック天国」などに出演し、ユーチューブの美術番組が評価され、第17回伊丹十三賞を贈られました。
2024年10月にはステージ4の原発不明がんであることを公表し、抗がん剤治療を受けながら、仕事を続けていました。
葬儀はすでに関係者などで執り行われたということです。
◆(2025年10月) 伊丹十三賞を受賞
がん闘病中の山田五郎氏「おかげさまで飯も食えています」
評論家でコラムニストの山田五郎氏(66)が7日、都内で行われた「第17回伊丹十三賞」贈呈式に出席した。

「伊丹十三賞」はデザイナー、イラストレーター、俳優、映画監督など、さまざまな分野で才能を発揮した故・伊丹十三さんの遺業を記念して2008年に創設された。
山田氏は、YouTubeチャンネル「山田五郎 オトナの教養講座」のおもしろさが評価され受賞に至った。
山田氏は「大変に喜んでおります」と笑顔を見せ、「私の人生、賞罰とはまるで無縁な66年間。『伊丹十三賞』という身に余る賞が贈られて、長生きはするもんだな」と喜びをかみしめた。
昨年10月に原発不明がんを公表。現在の体調を、「いま抗がん剤治療をやっていますけど、おかげさまで飯も食えています」と説明した。この日は「だいぶ前の娘の結婚式以来のモーニング」に身を包んだ。がんの影響で体重が減ったため直したというが、「受賞後うれしかったのか食が進んじゃって、また腹が出てきてキツイくらいの体調」とユーモアを交え、「このひと月で3kg増えている。食べているうちは死なない」と笑った。
贈呈式では副賞として100万円を受け取った。使い道を聞かれると、「YouTubeのスタッフと肉でも食いに行きます」と力を込めた。
(2025年10月7日)
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