「これは馬鹿だなと思った」真紀子氏の政界進出のきっかけ
歩行訓練を重ねていた角栄氏が履ける革靴が必要だったが、国の規制により叶わなかったという。
「障害のある人、困っている人を苦しめるような規制は良くないと思って厚生省に行ったら小泉純一郎氏が大臣だった。その方にこうこうこうで、困っています。中国に父が国賓で行くんです。したがって規制を外してくださいと言ったら、ケラケラっと笑って『役人は何と言っているのですか』と言った。『役人は規制だと言っていますよ。だから大臣にお願いに来ました』と言うと、『役人がダメということは、真紀子さん、ダメですよ』と小泉さんに言われた。これは馬鹿だと思った」
「それで私は靴屋さんに勝手に頼んで、車椅子はリハビリのとてもいい方が特注で1つだけ特別に作ってくださった。規制がいっぱいあって、弱者が困っている国は、文化国家ではない。」
「どうすればこんな規制だらけで、役人がすべてを決めている国が治るの?と寝ながら主人に聞いたら、『それは法律を作ること』と言われたので『誰が?』と言ったら『政治家だ』と返ってきた。『えー!私こうして寝てらんないから今から立候補します!』って主人に言って新潟へ行くために上野に行ったの。聞きつけた記者が一人だけ駅のホームにいて、『新潟へ何しに行くんですか』って聞くから『立候補します』といったら『えー!』と言われて。新潟ついたらマスコミがいっぱいいて立候補しますと言った。」
「政治家が法律を作って改正すればいい。だから私も大臣になったら議員立法ばかりやったんですよ」
議員立法は、角栄氏が作ったものも多くあるが、真紀子氏は弱者の立場になるまで分からなかったのだろうと語る。
「自分が障害者になることは、角栄はわからなかったんでしょうね。戦後の復興ばかりやっていたわけだから」
「主人が『法律を作るのは国会議員だ。法律を変えなかったらこの限界がある』と言った。じゃあ自分が議員になってやろうということだった」
(『わたしとニュース』より)
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