
懸命に田んぼの復旧作業をしている男性。実は2年前、観光中に能登半島地震に被災し、そこでの人との触れ合いから仕事を辞めて移住することを決めました。この大きな決断の裏には、どんな思いがあったのでしょうか。
観光中に能登半島地震に被災
12日、能登半島地震で大きな被害を受けた、石川県輪島市屈指の観光名所である白米千枚田で稲刈りが行われました。
土砂崩れの跡が生々しく残る山の麓に千枚田があります。
田んぼにも被害が残ったままです。
地域おこし協力隊 酒井和也さん(44)
「ここです。多分、上の田んぼに穴が開いているので干し草をつめます」
千枚田の復旧に尽力する酒井和也さん。実は、石川で生まれ育ったわけではありません。
「ここに車を止めていたんですよ」
2024年元日、観光客として訪れていた千枚田で大きな揺れに襲われた酒井さん。避難した先がこの道の駅でした。
「土地勘もなくて、いざ地震が起きた時に、どこにいれば安全か分からない。地元の方にここなら安全だよと」
地元の人たちは、被災したにもかかわらず、道の駅で行き場を失っている人たちのために食べ物や毛布などを持ち寄ってくれました。
この時、中心となって動いていたのが、白米千枚田の耕作や景観保全を行う白米千枚田愛耕会の会長・白尾友一さんです。
白尾会長
「道の駅にたくさんの人がいたということで、まず水と何か炊き出しができないかなと動き始めました」
輪島市に移住し地域の力に
1月5日、酒井さんはヘリコプターで救助され、愛知の自宅に帰ることができました。
ただ、この時に受けた恩が忘れられず、地震から半年後、ボランティアとして能登の各地で活動します。
そして、再び千枚田を訪れた酒井さんは、白尾さんの姿に感銘を受けました。
酒井さん
「愛耕会の白尾会長が自分の生活の再建もできていないが、(避難先の)金沢から5~6時間かけて来て、道の駅に泊まり込んで、地震後2~3カ月後から復旧している」
千枚田の復興を手伝っていた酒井さんは、重大な決断をします。それは地域おこし協力隊として、輪島市に移住することでした。
「そこまでして(白尾会長が)残したかった千枚田を何とか次の世代につなげたい」
移住してから初の稲刈り
1004枚ある千枚田では今シーズン、去年の倍近い480枚で田植えが行われました。
白尾会長
「これから“能登の洗礼”を受けていくと思います。大変ですよ」
「(Q.これ洗礼ですね?)そうですね。これが“洗礼”ですね」
12日、移住してから初めての稲刈りを行いました。
酒井さん
「今年実際に一から関わることができて収穫まで来たということで、とても安心感と達成感とよかったなという気持ちですね」
(2026年9月19日放送分より)
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