
茨城県の海沿いにある2つの神社。同じ時代に建てられ同じ神々をまつり、兄弟のような深い縁で結ばれています。2つの神社に残る神々の伝説をたどります。
絶景の兄弟神社
太平洋を望む鳥居。ここは「神磯の鳥居」と呼ばれ、この地に降り立った二柱の神が、2つの神社にまつられることになったといいます。
それが茨城県沿岸に鎮座する大洗磯前(おおあらいいそさき)神社と酒列磯前(さかつらいそさき)神社。同時期に創建された兄弟神社なんです。
まずは、神磯の鳥居からほど近い、大海原を見下ろす高台に鎮座する大洗磯前神社へ向かいます。
境内をくぐり、神磯の鳥居に降臨した神が祭られている社殿を訪ねました。
住田紗里アナウンサー
「二柱の神様について教えていただきたいです」
大洗磯前神社禰宜 飯塚礼寿さん
「こちらの神様は大己貴命(おおなむちのみこと)と少彦名命(すくなひこなのみこと)という二柱の神様をお祭りしている神社です。今から1200年ほど前、856年に、神磯の鳥居がある所に二柱の神様が降臨されたと伝わっています」
二柱の神は、共に力を合わせて国づくりをした神といわれています。
海辺に降臨した神
住田アナ
「何でこの地を選んだんですか?」
飯塚さん
「この二柱の神様ですけれども、国の礎をつくり終わった後、東の海の向こうにあると言われている常世の国にお帰りになったと言われております。降臨されたころなんですけれども、飢饉(ききん)や疫病がはやっていた。それを心配されて、東海の方から日本で一番東の端と言ってもいい、この大洗の地に降臨された。常陸国(ひたちのくに)、陽が立ち昇る国。一番太陽が昇る方向に近いということで、この地に降臨されたんだと思います」
降臨した時の様子が、平安時代の歴史書「文徳天皇実録」に書かれているといいます。
飯塚さん
「文徳天皇実録には、『我は大己貴、少比古奈命なり。国をつくり終えて東国に帰ったけれども、また民を救うためにこの土地に帰ってきた』ということを、おっしゃっております」
疫病や飢饉から人々を救ったという大己貴命は、どのような神だったのでしょうか。
飯塚さん
「大己貴命は大国様。また、出雲国の大国主の神様。医療の神様、福をもたらす神様『因幡の白兎』神話では医薬の方法を教えられたり」
「因幡の白兎」とは、ワニをだまして海をわたった白ウサギが、毛皮をはがされてしまったという神話です。
飯塚さん
「それを見た大己貴命は心配して、真水でしっかり潮を洗い流して、ガマの穂で傷口を包むと良くなると。そうするとみるみる良くなったものですから、ウサギが大己貴命に良縁をもたらした」
住田アナ
「本当に素敵な神様ですね」
飯塚さん
「そうですね」
小さな神スクナヒコナ
そして、もう一柱の神、少彦名命とは。
飯塚さん
「手のひらに乗れるくらいの大きさだったと。ですから、一寸法師のモデルではないかという話もあります。この神様もやはり医療に関していろいろな知識を持ってらっしゃる神様」
住田アナ
「お二人とも人を癒す力が長けていたんですね」
飯塚さん
「そうなりますね」
苦しむ民を救うために、この地に降臨した二柱の神に参拝します。境内の随神門にも逸話があるそうです。
飯塚さん
「今から300年ほど前、水戸黄門で有名な水戸光圀公によって建てられた門なんです」
住田アナ
「300年も前から建っているんですか?」
飯塚さん
「はい」
しかし、神社には戦国時代にすべて焼けてしまったという悲しい歴史もあったといいます。
飯塚さん
「荒廃といいますか、小さなお社でちょっとずつお祭りを行っていた時代があったようなんです。それを憂いた水戸光圀公が、今ある随神門ですとか、拝殿。ご本殿は40年ほどかかって建てられていますので、水戸藩の威厳を示すような意味合いも、もしかしたらあったのかもしれないです」
光圀が大洗磯前神社を崇敬した理由は、他にもあります。
住田アナ
「振り返ると本当に景色がきれいですね」
飯塚さん
「水戸光圀公がこの土地にいらっしゃって、大変美しい風景だということで、『あらいその岩にくだけて散る月を 一つになしてかへる浪かな』。そういった詩を詠まれた場所なんです」
木々がつくる神秘的な参道
続いては、大洗磯前神社から約10キロ。那珂川を越えて、ひたちなか市にある兄弟神社のもう一社、酒列磯前神社へ向かいます。こちらでは、酒列磯前神社権禰宜の海後知世さんに話を伺います。
住田アナ
「木々がつくった自然のトンネルのような参道なんですね」
海後さん
「こちらの参道が樹叢(じゅそう)と呼ばれておりまして、自然と両脇に生えている木が包むようにトンネル状になっている珍しい風景です」
住田アナ
「なんだか気温も少し周りより低くて心地良いですし、物語の世界に入っていくような感覚になりますね」
神秘的な参道を進んだ先に、社殿があります。大洗磯前神社と兄弟神社といわれる由縁とは?
海後さん
「西暦で言うと856年の平安時代に、大洗磯前神社と酒列磯前神社の二社が創建されました。同じ歴史・由緒がありますので、二社どちらもお参りする『二社詣(まい)り』という信仰がある神社です」
神の呼び方に違いが
そして、酒列磯前神社に祭られている神も同じ二柱ですが、こちらでは少し呼び方が違います。
海後さん
「当社の方では少彦名命を主祭神としてお祭りしておりまして、配祀神として大名持命をお祭りしております」
住田アナ
「呼び方も違いますか?」
海後さん
「大名持命はいろいろな名前をお持ちで、大己貴命(おおなむちのみこと)であったり、大名持命(おおなもちのみこと)であったり、広く知られているのは大国主命(おおくにぬしのみこと)」
大洗磯前神社で、大己貴命は大国様と聞きましたが…。
海後さん
「少彦名命が恵美寿様になっております」
住田アナ
「少彦名命はどんな神様なんですか?」
海後さん
「お医者様の神様でしたので、医療医薬の祖神とされております」
少彦名命は、国づくりの際に医療・医薬の知識を伝えた神といわれています。さらに…。
海後さん
「お酒を造る醸造の神でもあり、日本書紀には『常世にいらっしゃる少彦名尊が醸しだした、おめでたいお酒です。さあ、ご賞味あれ』という話が載っております」
住田アナ
「確かに、ここの神社の名前にもなっていますよね?」
海後さん
「酒列磯前神社の酒という字が最初にきますが、やはりお酒の神様ということが由来になって、社名の一部、漢字にあてられたとされております」
住田アナ
「どういった面で、お酒に関わりがあったんですか?」
海後さん
「お祭りごとにも重要なもの、お酒になっておりますし、酒は百薬の長とも申しますので、お酒を薬として使ったという背景もあると思います」
住田アナ
「やっぱり人々を助ける、治すというところにもつながってくるんですね」
伝説の彫刻職人の作品か
平安時代、仏教で薬をつかさどる「薬師菩薩明神」ともいわれた少彦名命。その社殿をよく見ると、精巧な彫刻が施されています。
住田アナ
「この社殿、彫刻が細かいですね」
海後さん
「今はネットが掛かってしまってるんですけど、リスとブドウという彫刻がございまして、こちらが日光東照宮の眠り猫を彫ったとされる左甚五郎作の彫刻と言われています」
左甚五郎は江戸時代に活躍したとされる伝説の彫刻職人です。一本の木から彫り出す、透かし彫りという技法による芸術作品。なぜ、酒列磯前神社にあるのでしょうか。
海後さん
「一説によると、左甚五郎が日光東照宮の彫物の仕事を終えまして、帰る途中、こちらの神社も参拝いただいたということで、記念としてリスとブドウの彫刻を彫ったとされています」
左甚五郎がリスとブドウを彫った思いとは。
海後さん
「リスの方はたくさん子どもを産むということで、多産の象徴。ブドウもたくさん実を付けるということで子孫繁栄、五穀豊穣(ほうじょう)の縁起の良い組み合わせの彫刻になっております」
海の見える鳥居
そして酒列磯前神社に参拝したら、見逃せない絶景ポイントがあります。緑に包まれた参道から脇道へ入った所です。そこで住田アナが目にしたのは…。
住田アナ
「海が見えますね。すごく爽やかな景色です!」
目の前に広がるのは、漁港へと続く風情ある細道です。海に近いこともあり、古くから深い関係があったといいます。
海後さん
「約1300年前の奈良時代に、こちらの地域で取れた特産品が奈良の都に献上されたという歴史が伝わっております」
(2026年9月10日放送分より)
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