
「街のウワサ調査隊」は敬老の日にちなんで、今も衰え知らずで繁盛店を支えている現役“看板娘”たちを追跡します。
【画像】1日500本売れるみたらし団子 団子を作る際に使う「球断器」とは?
全品100円 80種類の総菜
人口5万人のベッドタウン。茨城県の中央部に位置する那珂市。最寄り駅から徒歩15分ほどの場所に建つ雑居ビルの中は、スナックや居酒屋など、夜に華やぐ店ばかりなのですが…。
久保田直子アナウンサー
「お客さんが続々と行列を作っています。10人ぐらい並んでいます」
時刻は午前11時前、“昼飲み”営業の店でもあるのでしょうか。
常連客
「買えなくなっちゃうからね。遅いと。8年は通っていると思いますよ」
大混雑の店内。カウンターに並んでいたのは麻婆豆腐にオムライス、かき揚げまで。ずらりと並んだ総菜、なんと80種類です。
久保田アナ
「箱に目一杯詰めるだけ詰めて」
客
「10個までは計算していたんだけど、見たらあれもこれも欲しくて」
久保田アナ
「いろいろある!」
客
「1個100円だからね」
15品、これだけ買って1500円です。全品100円という衝撃の価格に、客の多くが爆買いしていきます。
常連客(20代)
「(安すぎて)めっちゃ心配ですね。赤字じゃないのかな?」
居酒屋ママ
「赤字でーす。大丈夫でーす」
ママの手作り 野菜栽培しコスト削減
久保田アナ
「失礼ですがご年齢は?」
居酒屋ママ
「年齢?分かんない。昭和の間は数えられたの」
名前も年齢もヒミツという居酒屋ママさん。客によると“アラ古希”ではないかということでした。
80種類の総菜は、すべてママの手作り。物価高の中、どうやって100円総菜を実現させているのでしょうか?
自宅の畑で野菜を栽培し、食材として使うことでコストを削減しているのです。さらには…。
「きょうのジャガイモはお客さんにいただいたものを使っている。みんな良い人なの!これで作ってあげようとか思うじゃん!」
そんな温かい思いが詰まったこの日のおすすめ。差し入れのジャガイモをみそや砂糖で甘辛く炒めた、お隣福島県の郷土料理「みそかんぷら」です。
久保田アナ
「甘辛。しっかり味付け。このジャガイモ自体がおいしい、なめらか」
居酒屋ママ
「愛情がこもっている」
久保田アナ
「ありがとうございます」
居酒屋ママ
「お客さんに頂いたから」
総菜販売のきっかけ
あまり素顔は見せたくないと恥ずかしがり屋なママですが、こちらが若かりしころの写真。当時は、東京でバーテンダーとして働いていたといいます。
そして、30年前に「居酒屋」をスタート。総菜の販売を始めたのは、“あること”がきっかけでした。
久保田アナ
「お総菜は、いつから始めたんですか?」
居酒屋ママ
「100円総菜は大きい地震」
2011年の東日本大震災。「世の中を元気にしたい」と始めた100円総菜。当初は3カ月の販売予定でしたが…。
「私の作ったものを喜んでくれるんだと思ったら、この人のために違うの作ろうと思っちゃう」
元気の秘訣は?
そんな総菜作りの朝は早く、この日は午前3時から。娘のアスカさんは盛り付け担当。コンロを2つ使い、次々と料理を作っていきます。
居酒屋ママ
「70種類以上は(用意すると)みんなに言っているから、最低70種類は作る」
朝食をとることなく、立ちっぱなしで午前11時の開店ギリギリまで作れるだけ作るのだといいます。
店に来てから、すでに10時間以上経過しているのですが…。
「座ったことない。ずっと立っているの。座ると眠っちゃう」
午後6時半になると居酒屋の営業が始まります。昼と夜の営業がある日は週3日、店に14時間近く立ち続けるという看板娘。その元気の秘訣とは。
「(Q.どうしてそこまでして頑張るんですか)限界が好きなの。100円でこれだけ喜んでくれる。みんなに生かしてもらっている。この年で働かせてもらっているんだもん。(元気の秘訣は)何がどこまでできるか自分に挑戦してみている毎日」
まだまだ挑戦を続ける“アラ古希ママ”ですが、限界知らずの人物は他にもいます。
97歳の看板娘
愛知県西尾市にある創業およそ100年の和菓子店「盛華堂」。ここに70年、店に立ち続けるのが牧敏子さん。驚くべきは、その年齢です。
初来店(50代)
「お母さん、おいくつ?」
敏子さん
「いくつに見えますか?」
初来店
「90歳ぐらい」
敏子さん
「97歳」
初来店
「えーーーーーー!」
敏子さん
「みんなが私からパワーをもらうって言うけど、私がお客さんからパワーをもらっている」
1日500本売れる「みたらし団子」
97歳にして今も現役。年齢もさることながら、客が愛してやまないのが店の看板商品です。
注文を受けると、一本一本、丁寧に焼き上げ、最後に秘伝のタレをつけて完成。1本120円のみたらし団子です。敏子さんが長年守り続けているそのお味は…。
久保田アナ
「食べたことない。モチモチだけどフワッとする。タレはしょうゆのおいしさ。おしょうゆのほうがしっかりたつから、お団子自体のおいしさも際立つ」
地元住民(40代)
「食べたら、おばあちゃん並みに長生きできそう。ご長寿団子」
老若男女、誰からも愛されるみたらし団子。1日500本売れるといいます。
敏子さん
「どういうふうに作っている?って言われる。企業秘密」
突然受け継ぐことに…何が?
味付けと生地の配合は秘密ですが、今回、団子作りの現場をのぞかせていただきました。
敏子さん
「よく練って。練れば練るほどもっちりしておいしい」
そして、今では使う人はほとんどいないという「球断器」に細長くした生地を入れ、木型で押さえるとコロコロ出てくる16個の団子。70年近く使い続け、今では4代目となった球断器。最初は夫からのプレゼントでした。
25歳の時に結婚。夫の両親が営む和菓子店で働くことになった敏子さんですが…。
「夫が37歳で亡くなっちゃう、病気で。夫が亡くなった3年後に、夫の父が交通事故で亡くなる」
40歳で突然、店を受け継ぎ、たった一人で営業することになったといいます。
「無我夢中だね。どうしようか、こうしようかなんて思わなかった。子どもは育てないといけないし、お客様が大事だから」
元気の秘訣は「感謝に生きる」
子育てをしながら、1日20時間働き必死に店を守り続けてきました。97歳、今も現役の“看板娘”。その元気の秘訣は“ある言葉”にありました。
久保田アナ
「不足を数えず感謝に生きる」
敏子さん
「悪いことばっかりでも、クヨクヨしているよりも、感謝に生きる」
どんなにつらいことがあっても、下を向くことなく明るく生きる。それが元気の源でした。
そして今、かつての不足を埋めるように店には、息子の妻の昭美さん(64)と、孫の由香里さん(32)の姿が…。
由香里さん
「小さい時から働いている姿が変わっていない。今一緒の場所で働ける、教えてもらえるのは当たり前のことじゃないから大事にしながら」
小さいころから、祖母が働く姿を見て育った孫の由香里さん。季節限定の商品を考案するなど、店を盛り上げています。
敏子さん
「すてきだわ。私の孫かな、やっぱり」
「あのころがあったから、今がある。お客さんからも愛されるし、家族もすごく大事にしてくれている。今が一番幸せ」
(2026年9月18日放送分より)
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