消防士を辞めて吉本興業の養成所(NSC)に入り、お笑い芸人の道を歩み始めた青木。しかし、若手時代は極貧生活で月収1万円以下となり、電気や水道などのインフラが止まるだけでなく、食事も満足に取れず体重が10kg減ってしまうほどの窮地に陥っていた。
その極限状態に拍車をかけたのが、平成ノブシコブシ・吉村が主宰するゲーム配信チャンネルのプロジェクトだった。育成メンバーに選ばれた青木には「毎月40時間ゲーム配信」というノルマが課されており、月末にノルマが未達成になりそうになると「寝たら達成できない」という理由から、2〜3日寝ずにゲームをプレイし続けることもあったという。
なお、この40時間の配信対価として支払われていたギャラは、4万円。時給換算すると約1000円であり、青木が「普通にバイトした方が全然お金稼げるんですけど、でも吉村さんのために寝る間を惜しんでやった」と語った。
番組の終盤にコンビ解散を発表した青木。再びピンチに陥った青木に対して、吉村が「それダメだったら、ウチおいで!また40時間!時間増やそうか!50時間にしよう!お前1回ペナルティだからな!50時間だ!」と冗談めかすと、若林は「吉本通してるの?」と一言。吉村が「通してない直の!直の50時間くれてやるよ!」とコメントし、スタジオは大きな笑いに包まれた。
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