
「教室に椅子が足りなくて授業中立ちっぱなしの生徒がいる」「教室が狭くて夏は異常な暑さで集中できない」——。フランス各地で9月中旬以降、高校生たちによる大規模な抗議デモが断続的に実施されています。激化したデモで警察との衝突が発生し、逮捕・拘束された人は全国で累計約8000人。治安当局側だけでも約900人、高校生側で200人以上がけがを負う異例の事態となっています。教育環境の改善を求めて始まった高校生たちの抗議活動は、なぜこれほど激化してしまったのでしょうか。 (パリ支局・辻村周次郎)
始まりは「プレハブ校舎」を使う生徒たちの悲痛な訴え
デモが拡大する大きなきっかけとなったのは9月下旬、パリ郊外セーヌ=サン=ドニ県にある高校での抗議活動でした。この高校では、長らく校舎の改修工事が続き、生徒たちはプレハブ校舎での授業を余儀なくされています。しかし、工事は大幅に遅れ、備品の老朽化も重なり、生徒たちの不満の根源となっていました。例えば、複数の生徒たちの証言によると、「授業前に毎回、他の教室から椅子を調達しに行かないといけない。足りない場合は授業中ずっと立ちっぱなしの生徒もいる」「2000人規模の高校なのに、図書室に椅子がたった8脚しかない」「看護師が1人しかいない」「空調がない狭い教室に押し込まれて、夏は暑すぎ、冬は寒すぎて授業に集中できない」など、劣悪な実態が次々と語られました。
「医学部に行きたい」「心理学を学びたい」——。将来の夢を実現するために教育環境の改善を訴える高校生たちの声は、SNSやメディアなどを通じて同様の劣悪な環境に悩むフランス各地の高校生へと波及し、全国規模の運動へと発展していきました。
不満の根源は「政府の教育予算」と教員削減方針
高校生たちの怒りに火をつけた最大の原因は、フランス政府が提示した次期予算案(財政法案)の内容でした。 政府側は生徒数の減少などを理由に「約4000人規模の教員ポスト削減」などを政策に盛り込む方針を示しました。老朽化した校舎の放置に加え、現場の教員不足にさらに拍車をかけるこの方針に対し、生徒や教員側は強く反発。抗議デモを主導する「高校生組合連合(USL)」などは、下記の具体策を要求しました。
「1.約100億ユーロ(約1.8兆円)規模の予算の確保」 「2.プレハブ校舎の解消と老朽化校舎の緊急改修」 「3.教員や校内医療・サポートスタッフの削減撤回と増員」 「4.1学級あたりの生徒数上限の引き下げ」など
これに対し、事態の沈静化を図るルコルニュ首相はじめ政府側は、教育環境の改善に向けて「12億ユーロ(約2,100億円)の教育予算増額方針」や「3000人規模の代替教員配置」など5つの代替策を提示。 しかし、生徒側は「予算が増えても教員ポストの削減方針自体は変わらず、老朽化校舎への直接的な支援や100億ユーロ規模の要求には遠く及ばない」と反発し、政府の提示に納得せず、現在も抗議活動を続けています。
デモが激化する2つの要因とは「政治的思惑」「暴力の連鎖」
高校生の教育環境の改善を求めるデモが、なぜここまで激化して警察との激しい衝突で多数の逮捕者やけが人が出る事態になっているのでしょうか。その背景には大きく2つの要因が挙げられます。
1つ目が「大統領選を見据えた与野党の政治的対立と過激派の介入」です。フランスでは2027年春に次期大統領選挙を控え、与野党による主導権争いが激化しています。メランション氏率いる「不服従のフランス(LFI)」などの左派野党勢力は、高校生たちの不満を政権の緊縮財政や格差問題批判へとつなげ、抗議の運動を後押しする動きを見せています。現場に主要な政治家が訪れ、連帯をアピールする姿に対し、与党や右派からは「純粋な高校生デモを政治的に利用し、社会不安を煽っている」などと強い批判が上がっています。一方、LFI側は「自分たちが運動を煽っているのではなく、警察の過剰な強硬排除から無防備な若者を守るために現場に立っているだけだ」と猛反発。互いに批判を強め合うことで、デモが過熱する構図が生まれています。
さらに現場を混乱させているのが、「ブラック・ブロック」と呼ばれる過激派集団の乱入です。「ブラック・ブロック」とは特定の政党や既存組織ではなく、黒服に覆面、ヘルメットなどで身を隠し、匿名でデモに乱入して激しい暴動や破壊行為をする過激派集団のことです。高校生たちの本来の訴えとは関係なく、警察へ爆竹や石を投げたり、車に放火したり、街頭設備を破壊したりなどして、警察との激しい衝突を引き起こします。一連の騒動の中、10月5日朝、パリ市内の高校を突然若者の集団が襲撃して、自転車やゴミ箱に火を放ち、窓ガラスを割って逃げるという事件が発生しました。校長によると、この高校では一度も「抗議デモ」が起きたことがなく、この日も通常授業が行われる予定でした。警察に逮捕・拘束された人の中には、こうした過激派集団も多数含まれているといいます。
2つ目が「デモを力で抑え込もうとする治安当局への反発」です。政府側は「法の秩序」を強調するため機動隊を投入し、催涙ガスや放水車を使ってデモ隊の強硬排除に乗り出しました。しかしこれが裏目となり、「力で抑え込まれている」という不満が高校生たちの間で一気に強まりました。中には警察官から暴行を受けて片目を失明したり、警察官がデモの制圧のために投下した「閃光手りゅう弾」によって片手を失ったりするなど、深刻なけがを負う高校生が出る事態も発生しています。10月6日にフランス各地で「一斉デモ行進」が行われた際は、「警察批判」がデモ隊の大きなスローガンとなっていました。警察官による過剰な暴力や不当な取り締まりが問題視され、ヌニェス内相によると、警察の監察機関(IGPN)が36件の事案で特別調査を進めているということです。
フランスでは「デモは当たり前」の文化
労働組合などによると、9月中旬以降、デモに参加した人は累計で100万人に達しているといいます(13日時点)。日本から見ると、大規模なデモ抗議自体が「異常事態」にも見えるかもしれませんが、実はフランスでは「抗議デモ」をすることは日常的な権利行使の手段の一つとなっています。実際、秋口は毎年のように労働や生活費に関連したデモが起きています。
その背景には、1789年の「フランス革命」にまで遡る歴史的ルーツがあります。「権力者が市民の権利や生活を軽視したとき、街頭に出て声を上げ、抵抗することは市民の正当な権利だ」という思想が社会全体に深く根付いています。そのため、高校生が自らの教育環境を守るためにデモを行うことは決して「悪」ではなく、フランス社会では自然な表現行動として受け止められています。
しかし、今回の事態は与野党の政治的対立や、警察との激しい衝突が重なったことで、過去に類を見ないほど「激化」し、デモの構造が複雑化してしまっています。元をたどれば、「安心して学べる快適な教育環境がほしい」という高校生たちの純粋な要求から始まったこの運動。政府がいかに現場の切実な声に向き合った実効性のある解決策を示せるかが問われています。
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