
北海道の空の玄関口、新千歳空港。そこで行われたのはなんとプロレスです。なぜ空港で開催されたのか。その背景には、千歳市と空港の深い関わりがありました。
空港が熱狂の舞台に
新千歳空港で9月、新日本プロレスの試合が行われました。千歳市に空港が開港して100年を迎えるのを記念したイベントで、空港の広場がプロレス会場に。大勢の観客が選手たちの激しい技に見入りました。キャリーケースを持った人たちも足を止め、会場は大きな盛り上がりに。
空港でプロレスを開催した背景には、千歳市の空港開港100年という節目にあたり、空港の真ん中でプロレスを開催したいという思いから企画が始まったといいます。
新日本プロレス 棚橋弘至社長
「良い違和感が生まれて、いろんな方が注目してくれるんじゃないかな」
新日本プロレス 真壁刀義選手
「やっぱ生で見るとプロレスすごいなと思ってもらえると思うんだよね。日常でチョップを受ける。この肉を殴打する音ってあんまり聞いたことないでしょう。それを楽しんでもらいたい!」
プロレスでは、選手が入場時に空港内を回り、観客と触れ合う場面もありました。
今年、プロレスラーデビューを果たしたウルフアロン選手もリングに登場。ウルフ選手は、デビューからの9カ月で学んできたことや、日々進化する姿を見てほしいと話しました。
北海道ゆかりの選手も
北海道ゆかりの選手も参加し、石狩市出身のタイチ選手は、同市の観光大使を務めています。登別市の矢野通選手、北見市のジェイク・リー選手も、それぞれの観光大使です。
タイチ選手は10月17日、母校の花川南中学校でプロレスを開催する予定です。去年も行われ、大盛況だったという学校での試合について、「去年を上回るさらにすごい学校プロレスを見せたい」と意気込みました。
村民が造った着陸場
新千歳空港は、国内線と国際線を合わせた去年の年間旅客数がおよそ2583万人に上る、北海道の空の玄関口です。行列のできるグルメや温泉、映画館もあり、“1日楽しめる空港”としても人気を集めています。
空港内の国内線ターミナルビル3階にある「エアポートヒストリーミュージアム」では、当時の写真や資料を展示しています。空港の歴史は、1926年に千歳村の人たちが手づくりした着陸場に「北海」第一号が着陸したことから始まりました。
千歳市企画部主幹の中村充さんによると、村民は飛行機を間近で見たいと、着陸場を自分たちで作ったといいます。大人からお年寄りまで150人が参加し、2日間かけて完成させたといいます。中村さんは、当時の様子をこう説明しました。
「北海第一号という、大変珍しい飛行機なので、できれば間近で見たいなと。着陸場がないとだめということで、『造ろうじゃないか自分たちで』と、村民が手づくりで着陸場を造った。大人からお年寄りまで含めて150人で2日間」
初めて間近で見る飛行機に、村の人たちは大興奮。本格的な飛行場を造りたいという思いから、村を挙げて国に働きかけました。
戦後、日本で飛行機を自由に飛ばせるようになったのは1951年。民間機の日本航空「もく星号」が千歳に着陸しました。当時は、飛行機に乗る人の名前が新聞に載るほど、利用者は限られていたといいます。
その後、1988年に新千歳空港が誕生し、4年後には国内線ターミナルが完成しました。中村さんは、空港を「町にとって宝物」と表現し、次の100年に向けてその思いを引き継いでほしいと話しました。
(「グッド!モーニング」2026年10月9日放送分より)
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