
浮世絵の巨匠、葛飾北斎には絵師の娘がいました。その名も葛飾応為。彼女の作品は世界に十数点ほどしか確認されておらず、その人物像にも謎が残っています。
黒いシルエットに込めた仕掛けとは?
東京・渋谷の太田記念美術館で開催中の企画展『葛飾応為「吉原格子先之図」 夜景の系譜』では、北斎の娘で、今なお謎の多い絵師・葛飾応為の人物像に迫ります。
こちらが「吉原格子先之図」。版画ではなく、紙に直接筆をのせた肉筆画で、光と影を強調した明暗表現を駆使して描かれた応為の傑作です。
太田記念美術館 学芸員 赤木美智さん
「こちらは、遊郭の夜の張り見せという、女性たちが並んで顔を見せていく(場面)。暗い時間帯、ちょうちんなどがないと足元がおぼつかないような時間帯なのですが、妓楼(ぎろう)の中が大変明るく描かれておりまして、光と影の対比も非常に面白い、現在の私たちから見ると大変リアルに感じられるところがあるかなと思います」
格子の向こうには、色鮮やかな遊女たち。その中に、ただ一人、光が当たらない女性が描かれています。
「格子を挟んで客と話をする女性は真っ黒ですね。この女性、実はその前にちょうちんがあるので、本当だとちょうちんの明かりで顔などがぼやっと見えるはずですが、おそらくあえて真っ黒にしているのかなと。シルエットになることで、鑑賞者が表情や仕草を想像する。そういった仕掛けになっているのではないかなと思われます」
格子や建物を斜めに描くことで生まれる奥行きのある空間が、光と影のコントラストを際立たせています。まるで西洋絵画のような作品です。
応為の表現に影響を与えたのは、父・葛飾北斎が向けていた西洋絵画への関心だったそうです。
西洋から学ぶ立体感
こちらは北斎の「くだんうしがふち」。起伏のある地形に影を付けて立体的に描き、西洋絵画から学んだ遠近法を用いたと言われています。
赤木さん
「影がいろいろついていますよね。そこで立体感がすごく表されていて、こういった不定形の雲も、西洋からの表現を踏まえたものではないかと。あと作品名、この上にある…」
住田アナ
「え、これ外国の言葉ですよね」
赤木さん
「違います。実はですね…」
住田アナ
「これ日本語ですか?」
赤木さん
「そうです。普通だったら縦に書くところを、いわゆる横文字風に表しております。『洋風風景画』と我々呼んだりするのですが、洋風風景画を北斎や北斎の弟子たちが好んで描いた時期がありました。やはり陰影のある風景画を北斎たちが勉強できた環境があったと思われます」
北斎の娘・応為 残された謎
こちらは、晩年の北斎が家で作品を制作している様子を弟子が描いたものです。北斎の隣にいる女性が応為です。
応為の本名は「お栄」。北斎からいつも「おーい、おーい」と呼ばれていたことから、それをもじって画号を応為にしたという説があります。
赤木さん
「応為は、近年すごく注目されていて人気が高まっているのですが、作品は世界で10点あまりしか確認されていない。またその生涯についても、生没年がよく分からないなど、謎が多い絵師ではあります」
謎が多い絵師・応為。一体どのような人物だったのでしょうか。
「おそらく応為は、幼少のころから絵を描いていたのではないかと。10代、すごく幼いころの作品というのも実は挿絵なのですが、残されておりました。また、20代で結婚をします。やはり相手は絵師でしたが、離婚します」
その相手は、北斎が若いころに一時所属していた堤派の絵師、堤等明。
「離婚して帰ってくるのですが、旦那さんの絵が自分より下手だというふうに笑ったというようなエピソードも残されておりまして」
住田アナ
「結構気が強いですね」
大正時代に出版された「芸苑一夕話」には、応為の性格について、「お栄は北斎の性質を受け、すこぶる勝ち気の女」「父によく似て覇気あり、すべての挙行は男子的」と記されています。気が強い人物像が伝わってきます。
北斎描く娘の似顔絵
こちらは、北斎が手紙に描いた応為の似顔絵で、きりっとした目元が印象的に描かれています。
赤木さん
「応為はあごが張っていたというふうに言われていて、北斎は『あご!あご!』というふうにも呼んでいたというエピソードも伝わっていますが、絵を見るとちょっとその雰囲気、イメージが伝わってくると思います」
住田アナ
「あごですか?!」
赤木さん
「ちょっとひどいですよね。口が悪いですけれども、そういうのも含めてすごく関係性を築いていた親子なのかなと思います」
北斎も認めた美人画の腕前
そんなひどい呼び方をしていた北斎ですが、応為の絵のうまさには一目置いていたようで、「北斎も常に美人画は娘に及ばぬと言った」「美人を描くに至りては、父にも優れたりとの好評ありき」と書き残されています。
住田アナ
「あの北斎に、そんなに言わせたのですか?」
赤木さん
「はい、ただ作品は多くはないので、確実に応為であるという作品をたくさん見ることが難しいところではあります。いくつかご覧いただきますと、これも一応夜景で、月が描かれていて、砧(きぬた)打ちという、布をたたいて滑らかにするという作業ですが、浮世絵ではすごく好まれたテーマの一つで、いわば王道の美人画のテーマを応為も手掛けていたということが分かる一点です」
住田アナ
「すごく女性のしなやかさが浮かび上がっているなって思いました」
赤木さん
「こういった帯などには、すごく緻密で丁寧な模様が描かれていて、こういう細部描写の緻密さは応為の特徴の一つであるかなと思われるところがあります。そして、こちらの作品は夜桜美人図という作品ですが、これも光と影の表現が大変美しい」
住田アナ
「ここだけスポットライトが当たっているように見えます」
赤木さん
「表現が緻密な作品で、こういった力量を見せる作品がありますので、北斎が『自分より美人画が上手だった』と言ったのもちょっとうなずけるところがあるかなと思います」
現存作品が少ないのはなぜ?
現存する作品が十数点しかない応為。これほどの絵師の作品が少ないのは、なぜなのでしょうか。
赤木さん
「あくまで北斎の手伝いであったことが、応為の仕事のなかでは多くを占めたのではないか。やはり北斎の名前のある作品というのは需要も多ければ高値でおそらく売られただろうと思いますし、そういった状況を見ていくとやはり北斎の名前を出して、応為はそれを支えていくという構図が強かったと思います」
長野県小布施町の岩松院の天井に残る「鳳凰図」。
北斎の門下生だった小布施の豪商・高井鴻山が北斎をこの地に招き、創作活動を支えるなかで描かれた、通称「八方睨み鳳凰図」と呼ばれる晩年の傑作です。
「北斎晩年の大作として知られていますが、やはりすごく大きな画面で大変だったみたいです。力量のある応為が支えていくことで完成したと言われると、それはあるかなと思われるような一点です」
(「グッド!モーニング」2026年10月13日放送分より)
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