「佐藤健」の名前を聞いて、どんな姿を思い出すかだろうか。『るろうに剣心』シリーズでスタントなしで挑んだ迫力とスピード感ある殺陣姿か、『バクマン。』で最高が流した極限状態の涙か、『世界から猫が消えたなら』で僕が見せた覚悟を決めた優しい笑顔か。
若手俳優のなかでも飛び抜けた演技力と身体能力で幅広い役を演じ分けてきた佐藤健が、今回挑戦するのは分析が得意な就職活動中の大学生・拓人。就職活動を通して自分が「何者」であるかを模索する若者たちの姿を描いた映画『何者』(10月15日(土)公開)に主演する。
同作の原作は『桐島、部活やめるってよ』の朝井リョウ、監督・脚本は『ボーイズ・オン・ザ・ラン』『愛の渦』などで注目を集める演劇界の鬼才・三浦大輔。佐藤健のほか、拓人のルームメイトで着実に就活を進めて行く光太郎を菅田将暉、拓人も恋心を寄せている光太郎の元カノ・瑞月を有村架純、拓人たちの上の部屋に住む意識高い系女子・理香を二階堂ふみ、理香の同棲中の恋人の空想系クリエイター・隆良を岡田将生、拓人が所属していた演劇サークルの先輩・サワ先輩を山田孝之が演じる。
実力と強烈な個性をそなえた同世代のキャストに囲まれ、佐藤健は拓人をどのように演じ、『何者』に向き合ったのか。話を聞いてきた。
「映画『何者』では“芝居というものを作っていく”実感があった」
––今回、『何者』に出演して、拓人を演じてみてどうでした?
佐藤:他の作品に比べて、より「芝居をしている」という実感があった作品でした。監督が舞台出身というのもあって、クランクインの前にしっかりリハーサルして。お芝居をするっていうのは当然なんですけど、今まで僕が関わった作品って「役として生きる」といった感じが強くて、あまり作り込んでいかないほうがよかった。できるだけドキュメンタリーに近づけるというか。「人生を生きる姿」を切り取ってもらうっていう。
それに対して今回は「作っていく」。 監督とキャストで呼吸を合わせながら「芝居」というものを作っていく、という実感がありましたね。同世代ということもあって現場は和気あいあいとしていました。仲良かったですよ。
「自分に近いのは拓人。原作から拓人に乗っかっていた」
––メインキャラクター6人の中で1番自分に近いのは?
佐藤:完全に拓人ですね。
––冷静に分析しているところなどがですか?
佐藤:それもそうですし。朝井リョウいわく、原作は「読んでいる人が拓人に感情移入するように作っていった」らしいんですよ。拓人のような人間が、多数を占めるように、彼もそう描いている。 僕も原作を読んで、その内のひとりで。拓人に乗っかって読んでいました。
「拓人は“顔のないのっぺらぼう”。だから、そうならないといけない」
––今までは、剣心だったり篤蔵だったり、最高だったり、なにか「天才」じみた才能を持った役が多かったように思いますが、今回の拓人は普通の人ですよね。難しいところはありましたか?
佐藤:確かに、なにか「天才」みたいな役をやることが多かったかもしれないですね。そういう意味では難しかった。「天才」の役はどの方向に努力しなきゃいけないかって分かりやすかったんですけど、今回はどの方向で頑張っていいかが難しかった。手探りだったし大変でした。
拓人は誰もが共感するような「多数の人」だったので。絵でいうと「顔のないのっぺらぼう」。そういうアイコンとしての役でした。キャスティングでも、はじめは全く誰も知らない新人を考えていたような役だったそうなんです。だから、そうならないといけない。今までの自分のイメージではいけない。その作業は難しかったです。クランクインする前から「これはどうしたものか」と悩んでいました。
––佐藤さんの拓人は、すごく大学にいそうな感じでした。
佐藤:そう言っていただけるとありがたいです。
––佐藤さんご自身で観た感想はどうでした?
佐藤:作っている意識が強い作品だったので、出来上がりを見ても「監督、ここを使ったんだ」って作り手目線で見てしまいましたね。作り手目線というか。答え合わせですね。
––自分から見て、自分の拓人は「多数の人」になってましたか?
佐藤:自分では分からないですね。自分の目指していた拓人を体現できていたか。ただ、みなさんにどう受け取っていただけるか。さっきみたいに「いそうでした」って言われて初めてそうだったんだって思えます。
––周りから、なにか感想はありましたか?
佐藤:僕の知り合いでも、拓人目線で観てしまって映画館から出たくなったっていう人もいるし、「俺、隆良なんじゃねえの」って思う人もいたみたいで(笑)。実際にその人はクリエイターで。「あれ?俺こんな風に思われてんだ。恥ずかしい」って感想送ってくれたりしました。
女性の方は理香に共感する人が多かったですね。本人はただ一生懸命やってるだけなのに、ハッと「わたしこんな風に思われているのかも!」って気づいて。そういう子は一直線だから、作品を通して自分を客観的に見たら苦しいでしょうね(笑)。
「朝井リョウの作品は器がデカい」
––できれば光太郎みたいになりたいですよね。
佐藤:でも、光太郎みたいな人がこの話を見たら、やっぱり凹むんですよ。周りからしたらいいなって思うかもしれないけれど、「自分って結局何者でもないんだな。ただ就活が得意だっただけであって。俺にはこれから先に何があるんだろう」ってなるんですよ。本当によくできた話です。
朝井リョウの作品はどれもそうなんですけど…いるじゃないですか、こういう人たち。(作品では)そういう人たちを一見、否定してバカにしてかかるんですけど。痛いとこつきまくって…でも、最終的には「人間ってそういうもんだよね」って愛する。どれも器のデカい作品なんです。
––小説を最初に読んだときに「拓人ずっと受からないだろうな」って思っていたのですが、映画を観たときに「あれ?これはもしかして受かるんじゃないか」と思って、それからまた小説を読んだら感想が変わったんです。「受かるかも!」って。
佐藤:本当ですか。それはたぶん…愛着ですね(笑)。
––愛着ですか…。
佐藤:愛着です。たぶん受かんない(笑)。そんな簡単に受かんない。人生そんな甘くないから(笑)。そう思って演じていました。
「せっかく男に産まれたんだから、仕事の部分では一番を目指したい」
––拓人は過剰に周りを意識している性格でしたが、佐藤さんも意識していたり、ライバル視している俳優さんはいますか?
佐藤:言ってしまえば、みんなライバルです。だからと言って、仲間だとか友達が成功したら嬉しい。変な感じの競争心はないです。ただ「誰にも負けたくない」とは思っています。せっかく男に産まれたんだから、仕事の部分では一番を目指したいと思っています。
––今後出演したい作品や、やりたい役は?
佐藤:たくさんありますね。単純に人間ってないものねだりだから、アクションばっかりやっていたら軽いコメディもやりたくなるし、そういうのをやったら重いシリアスもやりたくなって。毎回やりたいものが変わります。
「役者スイッチは“気合い”と“負けず嫌い”」
––これは私事なんですが、『龍馬伝』は以蔵が死んでから観れなくなってしまったんです。辛すぎて。1年後にやっと続きを観れました。
佐藤:逆に1年後に観れたのがすごいですね(笑)。あれとかは芝居してないです。ただ「生きて」いただけでしたね。
––以蔵や剣心、『天皇の料理番』の篤蔵あたりは本当に人生を覗いてるようでした。
佐藤:そうですね。特に、大友組は「生きている」って感じが強いので。『天皇の料理番』は演技してる部分もありましたけど。
––長いクールで佐藤さんを観たいです。1年間…大河で観たいです!
佐藤:1年ってやっぱりね…大変なんですけどね(苦笑)。『天皇の料理番』も6ヶ月撮るのにかかって。普通1クールのドラマって撮影期間は3ヶ月くらいなんですけど、半年間同じ役をやり続けるのって、モチベーションを保ち続けるのが大変で。3、4ヶ月目には、かなりしんどかったので…(笑)。自分のモチベーションを1番上のところに持って行く作業が大変なんです。
––役者スイッチを入れるコツはあるんですか?
佐藤:気合いですね。あと、負けず嫌いなんで。そういう所から。
––今回も「誰にも負けないぞ!」って思いはあったんですか?
佐藤:ないんですな、それが(笑)。
––ないんですか。
佐藤:この作品だからなのか。今回は「一緒に作っていった」という感じだったので。相手の俳優がよくなかったら絶対にいいものはできなかった。今回はみんながいい芝居してくれたから、それを自分は受けていけば良かったので。助けてもらったなって思いが強いですね。作品性だと思います。
「何もデフォルメされていない、若者たちのリアルな世界を観て欲しい」
––『何者』は、どんな人たちに観てもらいたいですか?
佐藤:大学生や同年代の方が観たら絶対に共感してもらえると思うんですけど、実は原作の『何者』は年配の方に評価されていたそうで。若者たちがSNSだとかTwitterだとかを使って、こんなことを繰り広げているっていうのを『何者』を読んで知った人がたくさんいたみたいで。それで、おもしろいと思った方が多くいたそうなんです。
なので、映画もそうなればいいなって思っています。これが現代の若者たちのリアルなんだぞと、何もデフォルメされてないんだぞと、そういうのが伝われば嬉しいです。
『原作』を愛し、今までとは違う誰もが共感する「のっぺらぼう」を演じ切った佐藤健。新しい佐藤健、就活を通して『何者』かになれる自分を捜す拓人を、是非スクリーンで見届けてほしい。
インタビュー:堤茜子 東田俊介
テキスト:堤茜子
写真:長谷英史