数々のリリースに加え、レーベル「DREAM BOY」の運営や、主宰イヴェント「超・ライヴへの道」の開催、現在は「フリースタイルダンジョン」でも審査員を務めるなど、幅広い活躍を見せるラッパー・KEN THE 390。彼が2006年のソロ・デビュー作「プロローグ」のリリースから10年目を迎える今年、これまでのキャリアを総括するベスト盤「KEN THE 390 ALL TIME BEST ~ The 10th Anniversary ~」をリリースする。彼自身にとっても、音楽シーン全般をとっても激動であったこの10年について、改めて伺った。
ーーインディで活動していたKENくんがメジャーに進出のキッカケは?
KEN THE 390:インディの1st『プロローグ』をリリースした時期は、ダースレイダーの主宰してた「DA.ME.RECORDS」に所属していて、完全に自主レーベルだったから、ちゃんとしたマネージメントって感じでもなくて。それでインディ2nd『My Life』から、DREAM BOYでもタッグを組んでる音楽事務所の「INCS toenter」と一緒に動くようになったんですよね。 そのタイミングぐらいでメジャーの話を何社からが貰って、その中で一番やりたい事を一緒に出来そうだなと感じたのがrhythm zone(avex)だったんですよね。それで、当時勤めていたリクルートも辞めたところだったんで、メジャーに進むことにして。
ーーメジャーに行きたいっていう願望はそれまでにもありましたか?
KEN THE 390:あったと思いますね。2ndを出した直後ぐらいにマボロシ(註/RHYMESTER:MUMMY-DとSUPER BUTTER DOG(当時)の竹内朋康によるユニット)のツアーにTARO SOULと一緒に帯同させて貰って、そこで1000人規模の全国ツアーっていう、大きなバジェットで動くプロジェクトを初めて見たいんですよね。そこで“ミュージック・ビジネス”を生で見せて貰ったというか。しかもDさんとタケさんだから、そういう環境であっても好き勝手な事をやってるのも見えて(笑)。そこで自分の音楽性っていう我を通しながら、同時にビジネスとしても成り立たせる事の一端を感じたし、自分もそういう体制でやってみたいなって。自分の音楽は多くの人に聴いてもらいたいとも思ってたから。
ーー実際にメジャーに行っての感触は?
KEN THE 390:関わる人が多くなることで、当然だけど良いことも悪いこともあるんだなって気づきましたね。メジャーに所属して、メジャーでリリースするからには、世の中の“時流”はどうしても意識しないといけないし、動いてる人が多い分、枚数っていう“数字”も出さなくちゃいけない。しかも、ヒットメイカーみたいに、その数字を自分の我を出しても達成できるような状況でもなかったから、ある程度は世の中の流行りとか、リサーチ的な意見も受け入れなくてはいけなくて。そういった部分とどう折り合いをつけるかはやっぱり悩んだし、そのコントロールは難しかったですね。
当時は“着うた”がブームだったんで、当時の着うた的の構成でよくあった、“女性ヴォーカルと男性ラップの組み合わせでラヴソング”のような曲は当然求められたし、そういうリード曲を作る事も必要で。でも一方で、アルバムはスゴく好き勝手に作らせてくれたんですよ。だから、自分の中ではバランスが取れてたし、全部言われるがままに作ってる事もなかった。着うた的な曲を作るのも、そういうオーダーに対して自分なりに返すっていう一つのチャレンジでもあったから面白い作業でもあって。
ーーメジャーでの1stアルバムは、そういった着メロの流れを感じるポップな曲がありつつも、一方でYOU THE ROCKの「DUCK ROCK FEVER」をカヴァーした「DUCK ROCK FEVER2010」のような、日本語ラップへの愛着を感じる部分も強くて。
KEN THE 390:やっぱりYOU(THE ROCK)さんを意識して、僕も名前の真ん中にTHEを入れてますからね(笑)。でもコアなリスナー以外はアルバムまで聴いてくれる訳ではなくて、シングル曲でキャラを判断される部分あるから、そこへのジレンマはありましたね。
ーー当時は「ミュージック・ステーション」にも出演して。
KEN THE 390:青山テルマと作った「届けたい… feat. KEN THE 390」で出ましたね。あの曲はテルマとお互いにフィーチャリングして、テルマは「届けたい」、僕は「届けたくて…feat.青山テルマ」って対になる曲を作って、そのままMステにも出ましょうっていう、スゴいデカイプランニングで楽曲のプロジェクトが動いてるんですよね。
当時は「そういうもんか」って思ってたけど、今になると超デカい話が動いてたんだなって。でもそういう話がデカいか小さいかも分からないまま、マネージャーやA&Rをやってたダースレイダーとあたふたしてました(笑)。実際にそこである程度の数字が残せたんで、外部からも色んな客演の声をかけて貰えるようにもなったし、出るライヴの現場も本当に多くなってましたね。
それまで通り「ONE」とかヒップホップのイヴェントにも出続けてるけど、一方で俺の前の出演者がリンドバーグで「今すぐKiss Me」歌ってるみたいな、自分のそれまでの客層とは全く違う音楽リスナーが集まるイヴェントにも出たし、全国のイオン・モールを回るキャンペーンとか、本当にいろんな場所でライヴをひたすらやって。
当然、場所や人によってウケる曲も人も場所によって全く違うから、その場所場所、時々で必要な曲があるのかなって感じてたし、それによって楽曲を作る時も方向性の正解が見つからなくなったり、迷いが大きくなって。だから曲の舵をどう取るのかの判断が難しかった。
ーー自分のスタンスを知らない人にどうアピールするか、どう届かせるかにを悩んでいたというか。
KEN TEH 390:アウェイの状況に於いていえば、極端に言えばメチャクチャ歌が上手い、歌だけで人を感動させられる人には、正直敵わないと思うんです。だから僕だったらバリバリにフリースタイルやって、自分のスタンスを全面に出す方が良くも悪くも目立つと思うし、そこで熱量も伝わる。それによって全員は引っかからないかもしれないけど、その中の一部の人には引っかかると思うんです。いまはそう分かってるけど、当時は「全員を引っ掛けなくちゃ」って考えてしまってたんですよね。
ーーそれは究極的に言えば不可能ですからね。
KEN THE 390:それに気づいてなかった(笑)。だけど「超・ライヴへの道」っていう自主イベントを1st「New Order」のリリース前後から始めて、そこで自分のスタンスが分かってきた感じがあるんですよね。爆発的なヒットを狙っていくーーそれがメジャーの戦略ではあると思うんですけどーーよりも、もっとコツコツと“KEN THE 390”っていうの名前と価値を高めていった方が、自分の目指す方向性に近づけるのかなって。だから小さい規模でも主宰のイベントを始めてーー最初は50人ぐらいの規模だったからーーその中でしっかりとライヴを定期的に見せる事で、“KEN THE 390のファン”をしっかり作っていこうっていう動きを考えてましたね。そして、そこでスタンスが固まっていったというか。
ーー作品に関しても、2nd「ONE」はライヴ寄りな感じになって。
KEN THE 390:「超・ライヴへの道」の流れから、“目の前の人”に向けて作ったアルバムが「ONE」だったしそれは今にも繋がってる。自分のコアなリスナーを目がけて作品を作って、それを広げていきたいっていうイメージなんですよね。だから、そこで「NEW ORDER」は掴みどころのない、空に向けて作ってたのかもなって気づいて。1stは清水翔太くんやテルマと“シンガー×ラップ=ラヴソング”を作ったけど、2ndでは 「I GET SO HIGH feat.MIHIRO~マイロ~」や「ONE feat.CIMBA」だったり、“シンガー×ラップ”だけど、もっとメッセージやラヴソング以外の方向性を模索するようになったり。だから、ライヴがどんどん軸になっていったし、「WHAT’S GENERATION」もその延長上にありますね。
ーーそして2012年に「Dream Boy」レーベル立ち上げ自主体制に移りますが、そこに勝算は?
KEN THE 390:僕って、基本的に心配事のネジがハズレてるっぽいんですよね。会社辞める時も「まあ、なんとかなるかな」って、勝算も無いけど不安もないっていう(笑)。でも、メジャーから離脱する当時、イヴェントやライヴのような、自分の手が届く動きではスゴく調子が上がってきてたんですよね。「超ライヴ」も東京はもちろん、地方でもちゃんと集客出来るようになってきてて。しかも、今は増えてるけど、当時はデイ・タイムのヒップホップのイヴェントが少なかったから、その部分でもライバルなしって感じだった。だからこのやり方で進めれば間違いはないなって思えてたし、その方法論を続けていけば、もっと自分のやりたい方向性を進めていけるなって。
結果、このタイミングからKREVAさんやBACHLOGICくんと一緒に制作ができたり、レーベルとしてもKLOOZやYURIKA、KOPERUっていう一緒に手を組める人が増えて。だから「Dream Boy」を立ち上げた事で自分の軸が固まったと思うし、それは今に至るまで一貫出来てると思う。
ーー「超ライブ」をデイタイムで開催した理由は?
KEN THE 390:長いライヴを見せたかったんですよね。その方が、その人が表現したい事をちゃんと見せる事が出来ると思って。普通は15分より1時間のライヴをみたいと思うだろうし、一組最低40分、メインは1時間っていうライヴ時間で、それを4~5組が出演する構成で考えると、どうしても昼帯の方が都合が良かった。だから必然的にデイタイムに開催したんだけど、結果的に中高生が来てくれるようになって、そこでも裾野を広げる事が出来たなって。
ーー「Dream Boy」を立ち上げて以降のアルバムは、例えば「Weekend」はディスコティックな空気感で統一されてたり、「セブン」は客演との化学反応がテーマになっていたり、アルバム毎にコンセプト性が強くなってますね。
KEN THE 390:そうですね。アッパーな曲があって、ラブソングがあって……みたいなお定まりの流れじゃ飽きられるし、一つのコンセプトに沿って作りながら、そこにバラエティのある作品を作るってことが、今のモチベーションになってると思います。加えて、想定してるのはライブだっていうのは変わらないんですけど、最近はバンド・セットでライヴする事も多いので、バンドでのアプローチも意識した曲作りをやってますね。
ーー現在は「ダンジョン」の審査員も務めていますが、その流れに「真っ向勝負 feat. MC☆ニガリ a.k.a 赤い稲妻,KOPERU,CHICO CARLITO,晋平太」や、ベストに新録された「Stand Up feat. T-Pablow,SKY-HI」はあると思いますが、そういった楽曲を作った理由は?
KEN THE 390:今はバトルはブームであるけど、それをヒップホップ・ブームにしたいんですよね。そう思った時に、バトルでイケてる面子と、格好いい「曲」を作らないと、その提示は広がらないなって。
ーー「What's Generation feat.RAU DEF,SHUN,KOPERU,日高光啓 a.k.a.SKY-HI」を皮切りに、KENくんはマイクリレー曲に“その時に旬の人”を呼ぶことが多いと思うし、それは悪く言えば“チャラく”見えてしまう部分もあると思うんですが。
KEN THE 390:でもヒップホップってそういうもんですよね。ヒップホップはその時々で一番イケてる人が新しい波を起こす音楽だと思うし、そういった人達が同じ土俵で組み合うことが出来るのも、ヒップホップの魅力だと思う。それに、自分に力がなかったらこうやってコラボに呼んでも参加して貰えなくなると思うし、参加してもいいって認めて貰えるんなら、自分でも新しい土俵を作って、そこで一緒に新しい波を起こしたいんですよね。それでクラシックが生まれたら最高ですよね。
ーー現在の「バトルブーム」という状況はどう見えてますか?
KEN THE 390:基本的にはポジティヴな要素しかないと思うし、自分もそこに参加しながら流れを見ても、良くなってるという感触しかなくて。バトルブームとヒップホップの関係性で思うのは、ヒップホップを正露丸に例えると、正露丸は効きは良いけど苦かったり匂いが強かったりして決して飲みやすいものではない。だから「正露丸糖衣」みたいに飲み込みやすくしたバージョンもある。でも中身は正露丸のままな訳ですよ。
それは「ダンジョン」も似てて、中身は異常なぐらいガチンコのバトルで、出演者もヒップホップ・シーンで現役で戦ってる人ばかり。だから、実はスゴく飲み込みづらいものではあるんですよ。だけど字幕であったり、ラッパーの背景を見せたりっていう演出を加えることで“糖衣”を付けたと思うし、一旦飲み込ませてしまえば、結果としてその中身が視聴者に“効いた”と思うんですよね。だから、これまではヒップホップをメディアで表現する時に、飲み込みづらいから“中身”をいじってしまって、効きが悪くなったり、悪い印象を与えることになってたのかも知れないな、って改めて思いましたね。
だって、僕らだってヒップホップを始めて聴いた時に「何だこれ!」って衝撃を受けて、そこからラップを始めた訳で、人を惹き付ける魅力は当然だけど確実にある。それがやっとメディアでも本質の部分として伝わるようになったと思うし、これを“ブーム”で終わらせないように、定着させるために、よりヒップホップの面白さを伝えるためには、まだまだやる事はいっぱいあるなって思いますね。だから、僕としては人集めだったり曲作りだったりっていう、サポートや“その先”を出せるような関わり方をしたいんですよね。
ーーアルバムは新録の「この道の先へ」で終わりますが、KENくんの考える“この道の先”は?
KEN THE 390:自分自身、キャリアをどれだけ進めても「また新しい事が始まった!」って思うタイプなんですよね。過去の事よりも、常に新しい一歩を感じてる。確かに10年を振り返ると、大変な事や難しい状況もあったとは思うんですよ。例えば「届けたくて… feat 青山テルマ」を作った時は、何度もダメ出しされてやっと一旦OKになった歌詞を、クリスマス・イブの夜中に事務所から電話がかかってきて「今から書き直して下さい」って(笑)。当然、多方面からブチ切れられながらスタジオでリリック書き直してたんですよね。でも、それはその時は超しんどいと思ったけど、今思い出すとマジでウケるんですよね。だから、今があるから過去も笑えるっていうか。やっぱり作品を作ってる瞬間、ライヴしてる瞬間、ラップしてる瞬間は最高に楽しい。だから面倒な事や大変な事があっても、“その先”があるから“苦痛”にならないんだと思う。だから止めなければ、いつも笑えるんだと思いますね。
TEXT:高木JET晋一郎
PHOTO:大野隼男
『ALL TIME BEST』
10月26日(水)発売
【DISC1】
01 Turn Up feat. T-PABLOW, SKY-HI
02 真っ向勝負 feat. MC☆ニガリ a.k.a 赤い稲妻 , KOPERU, CHICO CARLITO, 晋平太
03 Shock feat. SKY-HI, KREVA, Mummy-D
04 Stay feat. 清水翔太 (DJ KOMORI Remix)
05 H.I.P feat. Mummy-D, Tiara
06 ガッデム!! TOKYO ver. feat. CHERRY BROWN, 晋平太 , AKLO
07 Chase feat. TAKUMA THE GREAT, FORK, ISH-ONE, サイプレス上野
08 2 階建ての家を買おう
【DISC2】
01 Rock The House
02 続・超・ラップへの道 feat. TARO SOUL, DEJI
03 Take it EZ
04 超セブン feat. ROMANCREW
05 Like This Like That
06 I GET SO HIGH feat. MIHIRO ~マイロ~
07 Bangin'
08 無重力ガール
09 Lovin' You All
10 AFRAとサ上鎮座390 ~RUN BEAR RUN~ feat. AFRA, サイプレス上野, 鎮座 DOPENESS
11 Clap
12 ガッデム!! OSAKA ver feat. MINT, R-指定, ERONE
13 ONE feat. CIMBA
14 Me...
15 いつかきっとまた会えるまで
16 Lego!! Remix feat. SKY-HI, KLOOZ, 環 ROY, TARO SOUL
17 この道の先へ
【DVD】
01 Shock feat. SKY-HI, KREVA, Mummy-D (From #ケンザワンマン 2014)
02 Dream Boy (From #ケンザワンマン 2014)
03 It's My Business (From #ケンザワンマン 2014)
04 Chase feat. TAKUMA THE GREAT, FORK, サイプレス上野 (From #ケンザワンマン 2014)
05 超・ラップへの道 feat. TARO SOUL, DEJI (From #ケンザワンマン 2014)
06 Bangin' ~Weekend Classic Edition~ (From #ケンザワンマン 2015)
07 フリースタイル (From #ケンザワンマン 2015) 
08 Lego!! Remix feat. TARO SOUL (From #ケンザワンマン 2015)
09 AFRA と 390
10 THE DOOR feat. COMA-CHI, Baby M
11 Dream Boy
12 ユラユラ ~AM3:00~
13 FANTASTIC WORLD
14 What's Generation feat. RAU DEF, SHUN, KOPERU, SKY-HI
15 超・ラップへの道 feat. TARO SOUL, DEJI
16 Pop!! feat. SHUN, SWAY, KLOOZ
17 プロローグ [2016 Band Session]