少し前の話になるが、レスターの岡崎慎司からエイバルの乾貴士に送ったアドバイスが話題になった。報道によれば、乾の攻め上がりが少ないことに触れ、何も考えずに走ったらチャンピオンズリーグでゴールが取れた、と岡崎が自分の経験を混じえて話したという。助言を受けた乾は、ベティス戦で積極的な走りを見せ、2ゴールに絡む活躍で応えた。
(岡崎慎司がゴールを決めたCLグループリーグ5節、クラブ・ブルージュ戦後の地元紙『レスター・マーキュリー』。キャリア初となるCLのゴールは、「感覚」を信じて前線へ走り込んだことで生まれた。写真:田嶋コウスケ)
このアドバイスの真意について尋ねてみると、岡崎は次のように明かした。
「『前に行け』とアドバイスしたというよりは、まだ遠慮しているような感じに見えたので。ドイツ時代に比べるとガンガン、ドリブルもしない。だから、どこか気を使っているように見えたんです」
岡崎によると、レスターで自分が置かれていた状況と重なる部分もあったという。
「自分も、周りに合わせるようにプレーしていたけど、そうすると(前線へ)走れなくなる。『ここで行けたら!』って時に走れなくなるんですよ。ただし、何でもかんでも『走れ!』という意味ではなくて。というのも、乾はすでに”考えて”プレーしているから。そこを踏まえた上での『何も考えずに走れ』っていう意味です。だったら、『もう行けるときは、自分の感覚を信じて走ったらいいんちゃう?』という話はしました」
最後に「まあ、(自分の助言は乾の好プレーと)あまり関係ないと思いますけど!」と言って記者団を笑わせるあたりに岡崎の人柄の良さが表れていたが、なにより興味深いのは「何も考えずに走る」「自分の感覚を信じる」ことが、日本代表FWが最近掲げているテーマでもあるからだ。
では、「感覚を信じてプレーする」とは具体的にどのようなことを指すのか──。岡崎の口から「感覚」という言葉が初めて出たのは、プレミアリーグ11節のワトフォード戦後のことだった。日本代表FWは、まくし立てるように語り始めた。
「自分のやりたいようにやってみようかなと。最近、感覚的にサッカーをやることがなかった。もちろん、守備もちゃんとやります。でも、このタイミングでゴールを取り出したら、今まで『チームありき』と考えていた自分を変えられるかもしれない。だから、そっちで勝負していこうかなと。
チームを助けるプレーをやっていても、(監督の)評価を取りにいっているみたいで。それじゃ自分のポイントじゃない。どちらかと言うと、これまでは『チームのリズムを作ってから(攻撃を仕掛ける)』というプレーが多かったですけど、自分の良さはそこだけではない。もうひとつの自分の良さである、(相手DFの背後へ)抜け出すところで勝負していこうって。
レスターは、今後も勝ったり、負けたりだと思うんですけど、自分はそういうジレンマの中でやるのはもうやめた。練習から勝負したい。試合に出られなくなっても、開き直っていこうかなと」
取材のやり取りの中で強く感じるのは、岡崎のサッカーIQが非常に高いこと。驚くほどチームの状況や試合の戦況がよく見えていて、それゆえ、チームのバランスを考えて献身的に走り回ることも少なくなかった。
岡崎の言う「感覚でプレーする」とは、そこから敢えて一歩抜け出し、自分の感じるままに攻め上がったり、スペースに抜け出したり、リスクを冒してチャレンジしたりすることを指す。もちろん、確かな戦術眼が備わっているからこそのテーマで、必要だと感じれば、中盤まで下がって守備に繰り出すこともある。
面白いのは、岡崎が辿り着いたこの新境地は、プレミアリーグを紐解くキーワードでもあることだ。
例えば、レスターのクラウディオ・ラニエリ監督は、攻撃に関して具体的な指示をほとんど行わない。彼の口から出るのは、「君の100%のプレーが見たい」といったメンタルに訴えるものが多いという。また、マンチェスター・U在籍時代の香川真司も、攻撃面についてはアレックス・ファーガソン前監督から具体的な指示がほとんどなく、選手に任せていたと明かしていた。だからこそ、プレミアリーグのアタッカーは「直感」や「感覚」、さらには「自信」といった要素が大事になってくる。
もちろん、首位を快走するチェルシーのアントニオ・コンテ監督やマンチェスター・Cのジョゼップ・グアルディオラ監督、リバプールのユルゲン・クロップ監督、ボーンマスのエディ・ハウ監督らの「例外」は存在する。自身の考えや戦術をトレーニングの中で落とし込み、試合の中で実践する。ただこうした指揮官は、イングランドではむしろ多数派と言えず、とくに英人監督は極めてベーシックな戦術の枠組みだけを作り、あとは選手に一任する傾向が強い。
だからこそ、試合終了間際に劇的な逆転ゴールが生まれたり、激しい点の奪い合いになったりと、とにかくスリリングな展開になることが多い。他国リーグに比べ、アタッカーの「個の力」がより重視されている理由も、おそらくここにあるのだろう。
その中で、FWの岡崎はいかに競争を勝ち抜いていくか──。
「今は自分がチームに合わせるのでなく、『自分に合わせてくれ』という感じで動けている。だから、ほっんとゴールですね。ゴールとって、流れを自分のもとに手繰り寄せることができたら…。リスクをかけてそこは勝負したい」
いかなる環境でも得点を量産できるFWになることを夢見て、岡崎はイングランドの門を叩いた。プレミアリーグの激しい戦いの中で揉まれ続け、思い描くFWへと進化する。そのためのキーワードが「感覚でプレーする」ことなのだ。
(取材・文 田嶋コウスケ)