17歳のラッパー・Lick-Gが1stミニアルバム「Trainspotting」を完成させた。クオリティには徹底的にこだわりつつも、あくまで自分の好きなことだけを詰め込んだという本作。USヒップホップでトレンドになっているフロウ(ラップの歌い方)が早くも取り入れられている。日本語では乗りづらいと言われているビートに対してLick-Gが出した回答とは? 「高校生RAP選手権」から頭角を現した新世代のラッパーに、アルバムの話を訊いた。
『日本語だけでもちゃんと音にハマる』
ーー今回のアルバムにはいろんなフロウがありますね。
Lick-G:……だって16小節もあるんですよ。なのに、ずっと同じフロウでやるのはもったいないじゃないですか。僕はフロウを2小節ごとに必ず変えたい。そうじゃないと気持ちの収まりがつきませんね(笑)。
ーーLick-Gさんのフロウは今のUSヒップホップに強く影響を受けているけど、オートチューンの曲はないんですね。
Lick-G:「Hollyview」でちょっと使ってますけどね。でも個人的にオートチューンをモロに使った曲があまり好みじゃないんですよ。ウィズ・カリファとかも好きだけど、そんなにオートチューンのイメージないし。
ーー最近はどんなの聴いてるんですか?
Lick-G:ロジック、ブラック(6lack)、ラス、ウィット・ローリーとかですかね。挙げていくとキリがないんだけど、どちらかと言うとスキルフル系が多いかも。スキルを使ってガツガツ乗っていく人が好みです。
ーーLick-Gさんのラップはスキルフルなんだけど、ちゃんと日本語として聞き取れるのがすごいと思いました。
Lick-G:そこは僕は唯一意識しているところです。ロックとかでよくある、巻き舌で日本語を英語っぽく発音するのが生理的に受け付けないんですよ。無理。アメリカ人は普通に英語の発音で喋ってるのに、なんで日本人が英語っぽい発音で喋らなければいけないのかっていう。ラップだろうが歌だろうが、日本語も英語も正しく発音すべきだと思う。
ーー「OASOBI」のフロウも強烈ですよね。「MIGOSのフロウが日本語でできてる!」と衝撃を受けました(笑)。
Lick-G:日本人のラッパーは三連譜の仕組みをまったくわかってない。これ言っていいのかわかんないけど、三連譜っていうのは母音と「ん」を省略しないと綺麗にならないんですよ。この省略がないと言語障害みたいなラップになる。みんなそれに気づいてないから、フリースタイルで三連譜を使うとどんどんぎこちなくなっていって、途中で止まっちゃうんです。逆に省略に気づいてれば、三連譜なんて簡単なんですよ。こんなのUSのラップを聴いてたらすぐわかると思うんだけど。
ーー「OASOBI」の「とんがりコーン チートス」のラインも詰まっているのに、聴き取れるのは三連譜の省略を使ってるからなんですね。
Lick-G:そうそう。MIGOSも本当は「ミーゴス」って発音だけど、三連譜だと「ミゴス」ってなるのと同じです。僕はUSラップのフロウに影響を受けてるけど、なるべく日本語で喋ってるのと同じ感じでラップしたくて。日本語でも「こっちには」を「こっちゃー」って発音しますよね? そういう日常生活でもみんなが使ってる方法で省略してるんですよ。
ーー……それ、マジですごくないですか?
Lick-G:あと「OASOBI」の「マクドナルド ドミノピザ」は「マクドナルドミノピザ」って「ド」を繋げてるんです。これはケンドリック・ラマーがやってて「じゃあ繋げていいんだ」というのを知りました。「Backseat Freestyle」という曲の「All my life I want money and power / Respect my mind~」ってラインで「power」「Respect」を繋げて発音してるんです。しかもそこは「Paris(パリス)」とかかったダブルミーニングになってて。AKLOさんもKREVAさんの最新アルバムの客演曲で「繰り返し下なんか見ない」っていうラインを「くりかえ"した"なんかみない」って歌ってて、それを聴いて「ああ、やっぱりAKLOさんUSヒップホップ超研究してるんだな…」って感じました。
ーーおお……。
Lick-G:それだってロックの変な巻き舌みたいに日本語の発音を変えているわけじゃなくて、あくまで日常会話の用法の延長なんですよ。
ーーこれは発明ですよ!
Lick-G:そうですかね?(笑) ただ僕は歌詞をなるべく変えたくないから、そうしてるだけなんですけど。
ーー歌詞を変えるというのは?
Lick-G:たぶん人によっては、トラックにうまく乗らないから歌詞を変えることがあると思うんですけど、僕はそこで言葉を変えたくないんです。変えるんじゃなくて、どうやってくっつけるかってことを考える。言葉が足りてればそのままでいいけど、多かったら繋げちゃう。例えば「俺は」って言うにしても「おれは」が小節に収まらない場合は、「れは」とか「ぉれは」みたいに発音する。でもそういうのって日常生活でもあるでしょ? だから僕はわかる範囲で融通を利かせて、言葉を繋げちゃう。そうすると無理に英語の発音に近づけなくても、ちゃんと日本語だけでも音にハマるんですよね。
ーーこれは日本語の音楽史的に結構すごいことだと思いますよ!
Lick-G:う~ん。よくわかんないけど、自分はそれでやれてますね。
自分が信じる音楽をただやっていきたい
ーー年末にAbemaTVで配信された「東西!口迫歌合戦」でLick-GさんはKOPERUさんと対戦しました。あの試合でLick-Gさんが圧勝したのを観て衝撃を受けたんです。特にあの日はKOPERUさんが良くないわけではなかったのに。
Lick-G:それはビートについていけなかったからだと思います。今のUSヒップホップをちゃんと聴いてないから、トラップを全然乗りこなせてなかった。
ーーRound2のビートだったDJ RYOW「GONE」はトラップでしたね。
Lick-G:いまバトルでトラップのビートがかかると多くのラッパーにとっては、まず乗ることが目標になっちゃってるんですよ。だから韻もハマんない。俺、バトルでトラップがかかったら負けたことないですもん。でもオールドスクールのビートがかかると勢い任せの韻とかで会場が沸いちゃうから、自分のスキルが足りてるのに負けちゃったりする。
ーーUSではヒップホップが「スキルの見せ合い」という前提をみんなが共有しているけど、日本では、Lick-Gくんがさっき言ってた「歌ってる人の背景やストーリーがやたらと重視される」からだと思います。Lick-Gくんはこの「Trainspotting」で日本のシーンを変えたいと思っていますか?
Lick-G:自分はそういう部分では消極的な人間だから、風穴開けたいとかは思ってないです。好きな人だけ聴いてくれればいい。ただみんなヒップホップが好きなのはいいけどフォーカスする部分が全然間違ってる。それは「高校生RAP選手権」の影響もあると思うんです。バトルの前にVTRで生い立ちを語ったりして。クサい感じが好きっていうのは日本人の特質でもあるし。
ーー日本で音楽をやる以上、それは仕方がないことだとは思いませんか?
Lick-G:いやいや、それは全然違う。そういうことじゃないです。ヒップホップとかも関係なくて、単純に「音楽がいいから聴く」でいいじゃないですか。音を楽しめばいいんですよ。例えば、素晴らしい映画に監督のプロフィールは関係ないと思うんです。監督の生い立ちが特殊だから観るとかじゃなくて、面白いから観るわけで。みんな「ヒップホップ」って言葉とかいろんな固定観念に縛られすぎてると思うんですよ。
ーーさっきLick-Gさんが言ってた「純粋に音楽で評価されたい」というのはそういう意味なんですね。
Lick-G:そう。アメリカでは、プロデューサーの家に強盗に入ったチーフ・キーフがスマホを切ってなくて位置情報でバレて後日逮捕されたっていうバカなニュースが流れてたけど(笑)、それでも彼は普通にチャートに入ってる。みんなクラブで楽しい音楽がかかればいいってだけだし、作った人も自分の音楽でみんなが踊ってくれればいいと思ってる。それは、純粋に音楽が評価されてるからだと思う。
ーー余計な情報は関係なく作った音楽でのみ判断されてる、と。
Lick-G:僕は誰が聴いてもカッコいい、普遍性のある音楽を作りたい。ただそれだけなんです。お涙頂戴的な日本のヒップホップが日本国内で受けるのはいいと思う。でもそれって音を楽しんでるとは言い難い。むしろアイドルっぽいというか。
ーーどういうことですか?
Lick-G:みんな「ヒップホップはアイドルじゃねえ」みたいなこと言ってるけど、音楽以外の部分でアピールしてリスナーに媚び売ってるんだったら、それはアイドルと同じでしょ。自分の音楽に自信があるなら、それだけで勝負すればいい。だから「Lick-Gは性格が悪いから聴かない」「Lick-Gは不良じゃないからダサい」って奴は、僕には最初からいらない。ヒップホップ=不良なんてイメージはまったくの間違い。日本人はヒップホップが最もボーダレスであるってことに気づいてない。今ヒップホップは多様化しまくってる。
ーーグラミー賞でのトライブ・コールド・クエストのステージはまさにボーダレスの象徴でしたよね。ヒップホップには人種も宗教も関係ない。
Lick-G:それが前提なんですよね。僕は自分が信じる音楽をただやっていきたいだけです。音楽だけでいい。ほかは関係ないです。
TEXT:宮崎敬太
PHOTO:小原啓樹
Lick-G - 『Trainspotting』
TRACK LIST :
1. I’m Already Dead
2 . Trainspotting
3. Hollyview
4. Choose Life (Interlude)
5. Mellow Akira
6. Oasobi
7. Do Your Things
8. This Is Ma Way
9. Positive State of Mind