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 1995年3月20日に起きた「地下鉄サリン事件」。死者13人、負傷者約6200人の犠牲者を出したこの事件で、オウム真理教が東京の地下鉄で撒き散らした毒物「サリン」に世間の注目は集まった。

 サリンはイラン・イラク戦争で使われるなど、大量殺戮を目的に開発された化学兵器だが、実は事件の約2ヶ月前、1月1日の読売新聞一面に「サリン残留物を検出 山梨の山ろく」という記事が掲載されていた。オウム真理教の拠点である上九一色村で、94年6月に起きた松本サリン事件の残留物と同じ成分が発見されていたのだ。オウムに対し、すぐに強制捜査が入ると思われたものの、直後に阪神淡路大震災が起こり、日本中が浮き立つ中、地下鉄サリン事件が発生してしまったのだった。

 当時、2000人近い負傷者を出した築地駅に近い聖路加国際病院では、スタッフが被害者の命を救うべき総力戦を展開していた。当時院長だった日野原重明氏はこの緊急事態に、一般外来の診療と、予定していた手術の中止を決断、被害者の全面受け入れを指示した。

 礼拝堂の壁の配管に人工呼吸器を取り付け、点滴台と毛布を運び込むと、そこは広い病室へと変わった。東京大空襲で十分な救助活動ができなかったことへの後悔があった日野原氏が、院長就任の交換条件として廊下に酸素供給の配管、さらにそれを礼拝堂にも設置し、すぐに病室に転用できるように求めていたことが功を奏したのだった。

 事件現場からおよそ200km離れていた長野県で速報中継を見ていた信州大学医学部付属病院の柳澤信夫医師は、聖路加国際病院に対しサリン中毒を強く疑う情報や資料を伝えた。同様の提言は、現場の医師からもあがっていた。現在、横浜クリニック院長で、事件当日は自衛隊の医官として聖路加病院に緊急派遣されていた青木晃医師は、瞳孔が極端に小さくなる"縮瞳"の症状をみて「これはサリンだ。この場合の特効薬はアトロピン、もしくはパムだ」と報告した。

 パムは、サリンなどの有機リン中毒の治療のために有効だが、他の医師たちは使用をためらっていたという。青木医師は事件が起こる1週間前、自衛隊衛生学校における特殊武器防護のテストで"サリンにさらされた時の臨床症状を5つ書け。そしてそれに対する初期治療を2つ書け"という問題を解いていたという。

 「5人ほど見ただけで神経系のガスによる中毒症状とすぐにわかりました。1週間前に見た問題が全て当てはまっていた」(青木医師)。

 また、当時の状況について青木医師は「簡易カルテを患者さんが首からぶら下げていて、そこに僕たち医師が症状を書けば済むようになっていた。また日野原院長や副院長が先頭に立って患者さんを重症・中等症・軽症と、トリアージと呼ばれる振り分けをしていた」と振り返った。

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 トリアージとはテロ・大災害・大事故など、医療体制が確立していない現場で多数の傷病者が同時に発生した場合に重症度と緊急性を選別し、搬送や治療の優先順位を決めるものだ。テロ対策などの総合教育を提供する一般社団法人・TACMEDAの協議会理事長・照井資規氏は「テロや自然災害は大量の負傷者を同時に発生させるが、治療は1人ずつしか行なえません。そのための選別、順番付けが非常に大事になる。患者一人一人の治療に繋げていくためには非常に大事なツール」と話す。

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 聖路加病院には640人が運ばれたが、亡くなったのは1人だけだったという。

 照井氏はテロ・大災害が起きた際にすべき行動として「今一番しなければいけない事を把握すること」と話す。例えば、事件が起きた際に逃げるのではなく、携帯電話で撮影するなどの行為は非常に危険だと指摘。「記録するよりも、まずは逃げないといけない。危機を危機として認識すること。普段から想定外を想定しておくのが大事」と話した。(AbemaTV/AbemaPrimeより)

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