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 「突然このような形をとってしまい申し訳ございません。身も心も限界な私はこのような結果しか思い浮かびませんでした」

 2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて建設が進む新国立競技場。そこで働いていた新卒の23歳男性が長時間残業の末、自ら命を絶っていたことが分かった。

 代理人の川人博弁護士によると、男性は去年大学を卒業し都内の建設会社に就職、新国立競技場の建設現場で働いていたという。

 「各作業段階の写真を撮ったり、材料の品質管理を行ったり、品出しをしたり、安全管理を行ったり、あるいは事務作業としての日誌を作ったり、管理記録に記入したり、その他関係資料を作成したりということを行っていました」「業務上のストレスが原因となって精神障害が発症し、今年の3月2日に突然失踪。長野県でご遺体として発見されました」(川人弁護士)。

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 友人に「もたない、やめたい」などと話していた男性には、抑うつ、集中力や自信の低下など、うつ病が疑われる多くの症状が見られた。そして3月に失踪し、4月に長野県で遺体が見つかった。現場には自筆の短いメッセージがあり、冒頭のような言葉が綴られていたという。

 男性の両親は「新国立競技場、地盤改良工事の現場に決まったとき、息子は『一番大変な現場になった』と言っていました。帰宅するのは深夜で、朝起きるのがとてもつらそうでした」とコメント。

 「1月終わりごろ、重機が予定通りそろわず、工期が遅れているという話を息子から聞きました。2月ごろから息子は工期の遅れを取り戻そうとしていたようです。睡眠時間が短くて心配でした。2月の後半になると作業着のまま寝てしまい、起こしてもすぐ寝てしまっていました。厳しい管理を要求されていたんだと思います」(両親の手記より)

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 両親は、仕事による極度の過労が自殺の原因だとして労災を申請。代理人によると、会社側は「勤務状況が男性の自殺に影響を与えた可能性がある」ことを認めているといい、今後、組織委員会や東京都に対し、改善措置を求める方針だ。

 「平和の祭典」に向けた事業の裏で一体何が起きているのだろうか。

■男性が関わっていた「地盤改良工事」とは?

 新国立競技場をめぐっては、当初ザハ・ハディド氏のデザインが採用され、2015年10月に着工される予定だった。しかし、建設費の見積もりが2500億円を超えるなど、批判が集まり白紙撤回。その後、隈研吾氏のデザインが採用され、1年2カ月遅れの去年12月に工事が開始した。工期は約3年で、完成予定は2019年11月だ。このことで、工期は3年5カ月から2年11カ月に短縮されている。

 建築エコノミストの森山高至氏は「3年弱の工期というのはちょっとシビアだが、今年は割と天気が良かったので、工事は順調に進んでいると聞いている。工事内容もシンプルなものに変わっているので、どちらかというと安全になっている。ただ、男性が関わっていたのは地盤改良工事だったので、そこで遅れが出ると後々の影響が大きいと、強く言われていたのかもしれない」と話す。

 「地盤改良工事」とは、セメントを注入して軟弱な地盤を改良するという工程で、基礎工事の前段にあたる。つまり、全ての工事の前提にあたるものだ。森山氏によると、水の処理や掘り始めたら調査と違っているなど、予想外のことも起きやすいのだという。

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 元経産官僚でコンサルタントの宇佐美典也氏は「私も短期間、地盤工事の現場監督をした経験があるが、この工事が成り立たなければ、その後の工事がうまくいかなくなる。早く帰っても寝られないという感じだったし、当時は水に襲われるという夢を毎晩見た。23歳ならなおさら責任は感じていたと思う」と振り返る。

■若手にとって過酷な「現場監督」という仕事

 自殺前の一ヶ月間、男性の労働状況は残業時間が211時間56分、ほぼ一日拘束(例:朝7時に出勤、翌日朝8時に退勤)が3回、休日は5日だけ、という過酷なものだった。

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 ゼネコン35社の労働組合が加盟している日本建設産業職員労働組合協議会の調査では、1カ月当たり8日以上の休みを設定している工事現場はわずか7.5%であり、約5割の現場で休日4日以下という状況だ。

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 森山氏は「工事がどうしても間に合わない時や、夜中の作業など、建設業界には残業が常態化している部分がある」とする一方、「建設業全体をより合理的にしようという名の下に様々な制度が変わったが、そのための書類の量が増えている」と話す。

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 「実際に現場で作業する方は、9時から作業して、夕方5時には終わるという形だが、管理する人間はその後で記録書類や翌日の準備書類を作ったり、発注の手続きをしたりと、デスクワークが増えている」(森山氏)。

 また、「現場監督」という仕事について森山氏は「現場で作業する方々には自分のお父さんくらいの歳の人もいるので、若い人にとって注意するのも大きな精神的なプレッシャーがかかる。間違いがあると工事が遅れたり材料が無駄になったりするので、責任感を持たなければできない仕事」と説明した。

 東京大学で土木工学を専攻していたお笑い芸人・石井てる美は、「殉職率が一番高いのは消防や警察ではなく、実は建設業。あまりニュースにはならないが、過労に限らず、転落などで命を落としている人が日常的にいる。作業が毎朝の"KY(危険予知)活動"から始まるように、建設現場で何が一番大切かと言えば"安全"。睡眠時間がない中で工事現場に行くというのは、安全が確保されていないとうことだ」と指摘した。

■「現場では責任者だが、待遇はあくまで一社員」

 東洋経済オンラインの山田俊浩編集長は「現場では責任者だが、待遇はあくまで一社員。外食チェーンの店長さんもそうだが、責任は過大に負わされるが、それに見合った待遇や権限は与えられていないというケースは多い。1、2年目の若手を過酷な現場に配置するのなら、周りがチェックすることをセットでやる必要があったはずだ」と指摘する。

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 森山氏は「建設業に派遣労働が認められてしまったことで、工事期間に仲間になっていくことがなくなってしまった。この作業がおわったら次の現場という具合になり、人間関係が築きづらくなっている。先輩・後輩といった関係も壊れてしまっている」と指摘、本来は近くで指導にあたる先輩や同僚の支えが無かったのではないか」と推測。「建設業界には、若い時に現場で一通り経験させる、ある種の体育会系な部分はあるが、それは先輩あってのことだと思う。辛かったけど乗り切れたから次頑張ろう、経験を積んでいこう、という仕組みだったと思う。しかし、その先輩・後輩の関係が壊れ、評価の基準も壊れてしまった」と話した。

 その背景には、ゼネコン業界に人が減ってしまっている現実もあるようだ。

 「仕事がキツいという理由で辞めてしまう人ももちろんいるが、一方で、不況の時代に人を採っていなかったことで、今の30代から40代手前くらいの世代が抜けてしまっている。人を増やしてはいるが、どちらかというと協力会社任せ・下請け丸投げ的な傾向が増えてしまっているので、本来の元請けが丸抱えで『みんなを守る』という構造も壊れてしまった」とした。

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 男性の両親の手記は「今は、今後、息子と同じように過労で命を落とすような人を出したくないという思いでいっぱいです」と締めくくられている。労働環境の改善は急務だ。(AbemaTV/『AbemaPrime』より)


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