■「リビング・ウィル(生前の意思)」で蘇生&延命の拒否も一般的に
あなたは、最期をどこで迎えたいか、考えたことはあるだろうか。「終活」という言葉が定着してきた日本だが、世界と比べて、まだまだ遅れているのが現状だ。
アメリカには、「DNR(=Do Not Resuscitate)」、日本語に訳すと「蘇生拒否」という制度によって幸せな最後を迎えることができるという考え方がある。
実際に「DNR」で身内を看取った人がいる。元フジテレビのキャスターで、ワシントン在住の笹栗実根さんだ。
「私の母の姉で、35歳くらいでアメリカに渡り、現地の男性と結婚、40年以上カリフォルニアに住んでいた。子どもがなかったので、いつも仲良く2人で海外旅行に出かけるなど人生を本当に楽しんでいた」。
2012年、そんな伯母・キョウコさんが、血液の癌で余命幾ばくもないことがわかった。「最期は家で過ごしたい」と考えたキョウコさんは帰宅。数カ月後、日本にいた笹栗さんの元に、危篤を告げる連絡があった。
すぐさまキョウコさんの自宅へと駆け付けた笹栗さんの目には、ベットで苦しそうにしている伯母の姿が飛び込んできた。しかし、なぜか救急車は来ていない。事態が呑み込めず、焦る笹栗さんは、介護士は「状態が悪化していても救急車を呼ばないのは、あなたの伯母さんの希望なんです」という信じられない言葉を聞かされた。介護士が指をさした先の冷蔵庫には「DNR指示書」が貼られていた。
生前に書くこの指示書で、キョウコさんは無理して生きながらえるのを自らの意思で拒否、自然な死を迎えいれようとしていた。そして、笹栗さんの到着から8時間後、静かに息をひきとった。
「伯母はアメリカに渡ってから、ずっと一人で全てやってきた。周りに身内がいないこともわかっているし、迷惑をかけたくない。癌になってからも『お見舞いに来なくていいから、大丈夫だから』って言っていた」。
伯母の最期に接し、笹栗さんは「これが尊厳死なんだと感じた」という。これを機に、アメリカの尊厳死の制度について調べ始めた。
■「国も患者さんもウィンウィンな仕組み」
「アメリカの場合、まず、6カ月以内の命だと判断されたら、『このまま治療を続けるか』『治療を拒否して自宅に戻って最期を迎えるか』『自分が最後にどうしたいのかを書くリビング・ウィル(living will、生前の意思)』という3つの選択をする」。
心停止した際に蘇生措置の拒否を提示する「DNR指示書」のほか、医療的な処置、介入をしてほしいかどうか、その度合いをどこまでするかをお願いする書類を「POLST(ポルスト)」。日本語版も用意されている。
「最大限の処置をしてほしいのか、緩和を中心に、とにかく痛みを抑えたいか。あるいは、その中間か。また、人工的な栄養の補給(日本でいう胃ろう)を行うのか、行わないのか。また、1年ぐらいやってみて、それでダメだったら治療を止めるということも選ぶことができる」。
そしてもう一つ、「リビング・ウィル」だ。
「州によって呼び方は違うが、患者本人が元気な時に書くもので、意思表示ができなくなった場合にどうしてほしいのか、自分の気持ちをまとめておくということ。医療機関は患者に対し『リビング・ウィルはあるか?なければ書く権利がある』と確認しなければならない。各州に法律とフォーマットがある。法的拘束力を持っているので、書いてあることは必ずやらなければいけない」。
アメリカでは、延命治療の拒否、在宅介護の充実で「自宅で幸せな最期の時を迎える」ことを実現する人が増えている。「ホスピス」という制度は、大きな病を患い、余命を宣告された多くの人たちのケアを行い、一人ひとりが考える「幸せな最期の迎え方」の手助けとなっている。
全米ホスピス緩和ケア協会のイド・パナックさんは、ホスピスについて「終末ケアのひとつの形で、命の終わりを看取るというよりも、患者さんがまだ命のある間に、可能な限り快適に生活して頂く場を提供するということ」と説明する。
オペラが好きだったアーサーさんの場合、寝たきりとなった彼のために、家族や友人を集め、一緒にプロが歌うオペラを聞く場所を提供した。その3日後、アーサーさんは亡くなった。また、肺癌で余命わずかのデニスさんの"娘の結婚式が見たかった"という願いを叶えるため、ウェディングドレスで一緒にダンスを踊る機会を作った。ただ緩和ケアをするだけではなく、幸せな最期を迎えるための手伝いもしているのだ。
アメリカでこうした仕組みが推奨されている背景について、笹栗さんは「アメリカは個人の気持ちを大事にする。ほとんどの人が家で最期を迎えたい。かたや、すごく医療費がかかるので、最期まで病院にいるとなると、国が払わなければいけない費用も膨大なものになる。ホスピスという制度が発展してきたのは、国も患者さんもウィンウィンだからだ」と話す。
■在宅での緩和医療、日本でも
アメリカでは"自宅で最期を迎える"という選択がしやすくなるような取り組みが整備されている一方、日本の現状はどうなっているのだろうか。
ある調査では、人生の最終段階を過ごしたい場所を「医療介護施設(病院・ホスピスなど)」と答えた人が27.2%となっているのに対し、「自宅」「その他(施設外)」と答えた人は71.6%となっている。しかし、実際の死亡時の場所別内訳をみると「医療介護施設(病院・ホスピスなど)」が85.2%、「自宅」「その他(施設外)」は14.8%と、人々の希望が叶えられているとはいえないことがわかる。
厚生労働省も在宅医療を推進する中、新たな取り組みを始めている診療所がある。板橋区にある「やまと診療所」院長の安井佑医師は「我々は、在宅診療を中心にやっている診療所。外来と入院っていうのが今まで一般的な形だった。我々は自宅に出向いて医療をさせていただく」と話す。
「癌の末期の患者さんが半分をしめている。余命が限られていると、残された時間を病院ではなく自宅で過ごすという選択をする方が増えている。我々、法人の理念が『自宅で自分らしく死ねる、そういう世の中を作る』。自宅で自分らしく死ねるということは結局、最期まで自宅で自分らしく生きられるということ」(安井医師)
医師とは別に患者さんに寄り添い、お世話をする在宅医療PAと呼ばれる人材の育成にも力を入れている。
「PA(フィジシャン・アシスタント)、直訳すると『準医師』というのは、アメリカやイギリスでは国家資格として認定されている資格。自分らしく生きるために、やっぱり家で過ごして欲しい。技術の進歩によって、在宅でも緩和医療が提供できるようになっている。家で過ごして頂く時間を増やしたい」(安井医師)
■健康保険証の裏面に、尊厳死について記入する欄を
日本でも少しずつ広まりつつある"幸せな最期を迎えられる"ための環境づくり。笹栗さんは、アメリカになくて日本にあるものが、さらなる推進に役立つ可能性があると指摘する。それは「健康保険証」だ。
「日本では健康保険証を全員が持っている。こんな書類はアメリカにはない。裏面には、臓器提供をするかどうか書いてある。ここに一言でいいので"私は尊厳死をしたいです"あるいは"したくないです"と書く欄があればいい。特に若い人の場合、親がどう判断するか、ものすごく難しい。だからこそ、全員が考えなければいけないこと」。
死にゆく自分のためだけではなく、周りのことも救うという「リビング・ウィル」。
笹栗さんは「"自分の最期はこうしたい"っていうのが、みなさんにあると思う。"まだ若いから"、"病気じゃないから"、そうではない。それは健康なうちから明確にしておくべきこと」と訴えた。(AbemaTV/『AbemaPrime』より)