ビッグマウスといえば、サッカー日本代表・本田圭佑の代名詞になっているが、フットサル界にも“超”のつくビッグマウスがいる。
府中アスレティックFCのキャプテン、皆本晃。この男、とにかく口をひらけば刺激的な言葉が出てくる。もはや、普通のコメントはしゃべれないんじゃないかと思うぐらいに。
皆本が公言しているのが「森岡越え」だ。ペスカドーラ町田の森岡薫。名古屋オーシャンズ時代からFリーグ9連覇を果たし、MVP4回、得点王4回に輝いた、誰もが認めるフットサル界のナンバーワンプレーヤーだ。フットサル版のバロンドール候補にもノミネートされるなど、その実力は世界的にも高い評価を受ける。
皆本がFリーグ有数の実力者であることは間違いない。正確な技術でゲームをコントロールしながら、ここぞという場面ではドリブルからの強烈なシュートで、試合を決定づけてみせる。とはいえ、森岡と比較して勝っているかというと、それはまた別の話だ。
そんな選手が森岡をライバル視するのは、無謀な挑戦にも見える。「できるわけがない」「勘違いしている」「身の程知らず」といわれようが、どんなに笑われようが、バカにされようが、皆本は自分のスタンスを曲げることはしなかった。
皆本がビッグマウスと呼ばれるようになったのは、2年ほど前のことだ。当時のFリーグでは名古屋が9連覇と圧倒的な強さを誇っていた。唯一の完全プロクラブとして環境面でも戦力面でも上回る名古屋に、どこも太刀打ちできない――。そんな停滞感が漂っていた。
だったら、俺がぶち壊してやる。
どうすれば名古屋を打ち負かすことができるのか。Fリーグを盛り上げるために何が必要なのか。そこから導き出された答えこそ「森岡越え」だった。大事なゲームで必ず点を取って、常にチームを勝たせる。森岡のような選手に自分がなる。まずは個人の序列を覆すことで、Fリーグ全体を変えてみせる。“ビッグマウス”の裏には、フットサル界のことを考えた、強い決意が込められていた。
15年からは府中の選手として初めてとなるプロ契約。これは皆本からクラブに働きかけて実現したものだという。大きな目標を掲げ、特別な責任を背負って、絶対にやらなければいけない状況に追い込む。そうすることで皆本はパフォーマンスを上げていった。
15年7月、府中は「Fリーグオーシャンカップ神戸フェスタ」で優勝を果たす。決勝では名古屋に6-0と大勝。府中にとって、クラブ創設以来初めてとなるタイトルをもたらしてみせた。
カップ戦で勝って、リーグ戦でも名古屋に勝つ。そんなビジョンを描いていた矢先のこと。皆本を悲劇が襲った。左膝前十時靭帯損傷――。全治8カ月という大怪我を負ってしまったのだ。Fリーグの残りシーズンはもちろん、出場の可能性があったプレーオフも出られないことが決定的になった。
これほどの大怪我をすれば、気持ちが折れてもおかしくない。だが、この男はまったくブレていなかった。
怪我からちょうど8カ月後。皆本は長期のリハビリを経て復帰を果たす。16-17シーズンの開幕前に行われたプレスカンファレンスに、府中のキャプテンとして出席した皆本からは、またしても刺激的なコメントが飛び出した。開幕戦への意気込みを聞かれると、不敵な笑みを浮かべながらこう言い放ったのだ。
「怪我明けぐらいがちょうどいいハンデだと思っている」
8カ月間もピッチから遠ざかっていたのに、どういう神経をしているのか……。普通の人間だったら「元通りのプレーはできるのだろうか」「また怪我をしたらどうしよう」というような、不安な気持ちが多少はあるものだろう。
だがこの男は、むしろ怪我明けであることを“オイシイ”と思っていた節さえある。ブランクを感じさせないプレーをして、試合に勝たせる活躍ができれば、選手としての価値が上がる。自らの目標である日本ナンバーワンの選手に近づける、と。
ヒールとなった皆本には、開幕戦でボールを持つたびに、湘南ベルマーレのサポーターからのブーイングが浴びせられた。府中は苦戦を強いられたが、1-1で迎えた後半終了間際、貴重な決勝ゴールをあげたのは皆本だった。最終的に3-1で勝利すると、皆本はマン・オブ・ザ・マッチにも選ばれた。
今シーズンも皆本は名言を残している。8月19日に行われたFリーグ第11節、観客席数の問題でこの試合を最後に使用できなくなるホームアリーナ・府中市総合体育館での湘南戦。皆本は試合前にブログでこのように宣言した。
「伝説の試合にする」
最後の府中市総合体育館でのゲームを、何年経っても思い出してもらえるようなすごい試合にする。そして、皆本の言葉は現実のものとなった。34分まで3-4でリードされながらも、残り1分でひっくり返し5-4で劇的な勝利を飾ったのだ。
“ビッグマウス”を辞書で引くと「大口を叩く」「ほら吹き」といった意味が出てくる。自分が実現できそうにないことを、根拠もないのにやれるといったり、大きくしたりすること。
もしも、それをビッグマウスというのなら、皆本には当てはまらないだろう。なぜなら、この男は大きなことをいうたびに、それを自らの力で手繰り寄せてきた有言実行の男だからだ。
全治8カ月の大怪我から奇跡の復活を遂げた男は、貪欲にFリーグのトップを狙い続ける。刺激的な発言、力強いプレー。府中の背番号5から目が離せない。
皆本率いる府中アスレティックFCは26日の第12節に前年度王者シュライカー大阪と対戦し、その模様はAbemaTV(アベマTV)のSPORTSチャンネルで15時15分から生中継される。
文・北健一郎(futsalEDGE編集長)