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■「若い女性を狙おう。拉致して金を奪って最後は殺してしまえばいい」

 今からちょうど10年前、2007年8月24日に名古屋市内で起こった「名古屋闇サイト殺人事件」。事件から10年という節目を迎えた今、AbemaTV『AbemaPrime』ではこの事件を振り返った。

 契約社員として勤務していた被害者の磯谷利恵さん(当時31歳)は、1歳10カ月の時に父親を急病で亡くし、母親の富美子さんに女手ひとつで育てられた。事件が起こった2007年の4月から、大学院生との交際を始めたばかりだった。

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 利恵さんを殺害した犯人は、川岸健治(当時40歳、住所不定無職)、神田司(同36歳、元新聞販売店員)、堀慶末(同32歳、無職)元容疑者の3人だった。事件までは全く接点がなく、お互いに素性も知らない赤の他人だった彼らを結びつけたのが、犯罪の仲間を募集する携帯サイト「闇の職業安定所」という、いわゆる"闇サイト"だった。

 「刑務所を出て派遣で生活しているが、実にバカバカしい。同じ愛知の人で一緒に組みませんか?」。川岸元容疑者が「山下」という偽名で犯罪仲間を募集する書き込みをしたのに、他の2名が返信。堀は「田中」の偽名で「小遣い稼ぎだが、拉致して金を引き出させる」、神田は「以前はオレオレ詐欺をしていたが、貧乏すぎて強盗でもしたい」と書き込んだ。3人は事件の3日前に初顔合わせをし、犯行計画を立てた。神田元容疑者はそこで「若い女性を狙おう。拉致して金を奪って最後は殺してしまえばいい」と提案したとされる。

■嘘の暗証番号を答えた利恵さんの思い

 事件当日、3人は川岸元容疑者の車に乗り、狙いやすそうな女性を品定めした。そして夜10時過ぎ、職場の送別会を終え名古屋市千種区自由が丘の道を自宅に向け一人で歩いていた磯谷利恵さんは拉致された。大きな通りから入った閑静な住宅街に続くこの道は、夜にはほとんど人通りがなかったという。

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 約3時間後、利恵さんを乗せた車は隣の愛西市にある駐車場に到着。利恵さんの財布から現金6万2000円を奪っただけでなく、執拗に暴力を振るって脅し、キャッシュカードの暗証番号を聞き出そうとした。「暗証番号を言わないと殺すぞ」と包丁を突き付けられても拒み続けていた利恵さんだったが、3人のあまりの執拗さに「2960」と嘘の暗証番号を答えた。しかし顔を見られた3人は、必死で命乞いをする利恵さんの頭にレジ袋をかぶせ、粘着テープでぐるぐる巻きにし、ハンマーで数十回殴打。さらに首をロープで絞めるなどして殺害、岐阜県瑞浪市の山中に遺体を遺棄した。

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 正確な暗証番号を聞き出せなかったため、結局財布から奪った現金6万2000円しか手にできなかった犯人グループは、翌日も別の女性を襲おうと約束して解散。しかし翌日、首謀者の川岸元容疑者が自首、8月26日には全員が死体遺棄の疑いで逮捕された。そして9月14日には、強盗殺人と営利略奪、逮捕監禁の疑いで再逮捕されたのだった。

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 利恵さんが犯人グループに教えた嘘の暗証番号「2960」は、数字の語呂合わせが好きだった利恵さんが咄嗟に思いついた「憎むわ」というメッセージだったと考えられている。生前の父親と母・富美子さんの「いつか家を建てよう」という約束を知った利恵さんは、自分が家を建ててあげようと決意、800万円以上の貯金をしていたという。つまり利恵さんは、最後までその目標を守ろうとしたのだ。

■「もうお母さんがきたから大丈夫よ、安心して」

 事件発生当時から、遺族を取材してきたリポーターの所太郎氏は、母・富美子さんの胸中を伺うため、再び名古屋を訪れた。

 事件発覚当時、長野のゴルフ場に出かけていた母・富美子さんは、警察からの連絡を受け急遽名古屋に戻った。変わり果てた姿の利恵さんと対面したのは、愛知県警千種警察署の霊安室だった。

 その時のことについて、富美子さんは声を詰まらせながら「触るのも痛そうな感じだった。顔中青あざが広がっていたし、髪全体が糊で固めたようにバリバリになっていた。遺体はブルーシートで覆われており、首から上だけしか見えていない状態だった。でも、亡くなったというのが、あんな姿を見てもピンとこなかった」と語った。

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 「そこから先のことは、姉から後で聞きました。記憶がないんです。ただ、ぎゅっと抱きしめてあげたかったけど、痛そうだったからできなかったということだけは覚えています。最後に、利恵の頬に私の頬をつけた時に、想像以上に冷たかったのを覚えています。姉によると、『もうお母さんがきたから大丈夫よ、安心して』と言いながら、ここもやられている、ここもやられているって……顔の傷をなでてあげていたらしいです」。

 2007年8月29日に行われた告別式では、娘を綺麗な姿で送り出してあげたいという思いがこみ上げてきたという。「あまりにも青あざがひどかったので、姉とふたりで綺麗に隠してあげよう、お化粧してあげようと。真っ赤な口紅をつけてあげたら、なんだか亡くなっているというより、眠っているようにしか見えませんでした」と涙を拭いながら語った。

■「やはり川岸が無期懲役になったのは納得がいかない」

 約1年1カ月後の2008年9月25日、名古屋地方裁判所で初公判が開かれた。ひとり裁判所に入った富美子さんは、初めて娘を殺害した犯人たちを見た。初公判後の会見では「彼らは人の心など全然持ち合わせていない鬼畜なので、求めるのはただひとつ、死刑判決だけだ。そのために、私がやれることはなんでもやる」と強い決意を述べた。

 公判も終盤を迎えた12月には証言台にも立った。「娘はあなたたちに殺されるために生きてきたのではありません」。傍聴していた所氏は「全員の背中がピンとなった。お母さんのお話が始まって、法廷中が泣いた。犯人たちの表情は、完全に負けを認めているように見えた」と振り返る。

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 2009年1月20日の論告求刑公判で、検察側は「母親は死刑判決を強く望んでいるが、親心からすれば当然の感情で、切望に答えることこそ法に課された使命だ」として、被告全員に死刑を求刑。同年3月18日には「強い利欲に基づく動機に何ら酌量の余地はない」として、神田被告と堀被告に死刑判決が、川岸被告は「短時間で自首し事件の解決に寄与した。有利な事情があり極刑は躊躇される」として無期懲役の判決が下された。

 2011年4月12日に名古屋高等裁判所で行われた控訴審でも川岸被告は無期懲役、さらに堀被告にも「更生の余地あり」という理由で無期懲役の判決が下された。しかし2012年8月になって、堀受刑者が闇サイト殺人事件よりも前に別の強盗殺人を犯していたことがわかり、2015年12月15日に死刑判決が下された(現在、上告中)。神田死刑囚は2015年6月、死刑が執行された。

 事件直後から極刑を求める署名活動を始めた富美子さん。利恵さんの仏前で「利恵のことを考えたら、やはり川岸が無期懲役になったのは納得がいかない。彼が闇サイトで人を集わなかったら、この事件は起きなかったのに」と悔しさを滲ませていた。

 裁判所が死刑を選択しなかった理由は、「永山基準」にある。永山基準とは、永山則夫死刑囚(犯行時19歳)が米軍基地から盗んだピストルで4人を連続射殺した事件で、この裁判以降、殺害された人数が刑の重さを決定する際の重要な基準となったため、被害者1人では、積極的に死刑判決が選択されることはあまりないのが実情だ。

■「10年も会っていないという気は全然しないんです」

 利恵さんが幼い頃に夫の末吉さんを亡くし、シングルマザーとして娘を育てあげた富美子さんは、事件によってたった一人の家族すらも奪われてしまった。

 「あっという間の10年だったような気がしますね。もちろん娘を思わぬ日はないので、10年も会っていないという気は全然しないんです。いるのが当たり前だったので、生きていた時はそう感じなかったけれど、本当に亡くなってどれだけあの子の存在が私にとって大きかったか、ということは改めて感じました」。

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 「親が言うのもなんですが、よく気がつく優しい子でした。人への気配りができる子でした」(富美子さん)という利恵さん。生前、付き合っていた恋人に「親より先に逝く親不孝はない」と話していたという。

 「亡くなった後に彼を通じて全部聞いた。面と向かって言われたことはなかったんですが、『お母さんに幸せになってほしい』と言っていたそうです。あの子が貯めていたお金も、私のために家を建ててあげたいからだと。全然知らないことだったので、それだけ私のことを大切に思ってくれていたのかなと思います」。

 今も脳裏に浮かぶのは、10年前と変わらない娘の姿だという富美子さん。「今一番望むのは、娘に会いたいということ。夢でもいいから出てきてほしいけど、なかなか…。今生きていれば41歳だけど、娘がどういう風になっているのか想像もできない。亡くなったままの娘しか、わからない」と胸の内を語った。

 富美子さんへの取材を終えた所氏は「私の不躾な質問にも答えていただきました。60代半ばをお過ぎになりました。月並みですが、どうかご健勝でと思います」と述べ、「今の日本の刑事司法では、更生や犯罪の抑止など、犯罪者側ばかりを見ている。でも亡くなった被害者や遺族のためにも判決はあるのではないのかと痛切に感じた」とコメントした。

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 文筆家の古谷経衡氏は「こういう犯罪の犯人に更生の余地はないと思う。日本において死刑は存置すべきだ。心からそう思う」と厳しい口調で主張。これに対し、SmartNews社の松浦茂樹氏は、この事件の裁判における2名の死刑判決は妥当としながらも、原則として死刑は廃止すべきだと主張、「罪を憎んで人を憎まずという言葉もある。予防・監視やなぜ事件に至ったのかを解決して、犯罪への道筋を絶つことをすべきだ。感情だけでなくバランスを考えるべき」とした。

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 ハフポスト日本版編集長の竹下隆一郎氏は「もともと裁判というのは、被害者の代わりに国が加害者を罰するというもの。そのため被害者の存在はそもそも制度から外されてしまっている。加害者に関する詳しい情報が入って来ない上に、難しい捜査・裁判用語や報道機関への対応など初めてのことばかりで、警察官、検察官、裁判官にも不信感を持ってしまいがちだ。警察も犯罪被害者支援室を作ったりして支援しようとしているが、まだまだ大変な状況に置かれている」と指摘。その一方、冤罪事件の取材をした経験から、「警察は無理に自白を強要したり、容疑者をでっち上げたこともある。冤罪の可能性があることを考えると、死刑を執行してしまえば取り返しがつかない。死刑の存置・廃止、未だどちらか決めきれてない」とした。(AbemaTV/『AbemaPrime』より)

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