安倍総理が28日から始まる臨時国会の冒頭で衆議院を解散する方針を固めた。この事態に、野党からは反発の声が相次いでいる。民進党の前原誠司代表は「審議を全くせずに冒頭解散になる」、共産党の志位和夫委員長は「大義なき解散だ。国政の私物化、そして憲法違反の暴挙になるということは強く言いたい」と批判。一方、与党・自民党の二階幹事長は「再三申し上げて参りました通り、解散は内閣総理大臣の専権事項」、菅義偉官房長官は「衆議院解散総選挙というのは総理大臣の専権事項である」と話し、安倍総理が想定する解散時期など、詳細については説明を避けている。
そもそも、衆議院の解散権、専権事項とは一体何なのだろうか。諸外国の議会との違いはあるのだろうか。AbemaTV『AbemaPrime』では、専門家を招いて議論した。
■衆議院の解散権が「総理の専権事項」と言われる理由
野党議員が「憲法違反」とまで言う今回の衆議院解散。しかし、それは憲法7条と69条に定められた事項でもある。分かりやすいのは「69条解散」だ。憲法69条では「内閣不信任決議が可決されるか信任の決議案を否決したとき10日以内に衆議院を解散もしくは総辞職をしなければならない」と定められている。
もうひとつが、度々議論の対象となっている「7条解散」だ。7条では天皇の国事行為を定めており、「内閣の助言と承認により、国民のために」天皇が衆議院の解散を行うこととされている。中央大学副学長の橋本基弘教授によると、これはかつてヨーロッパで行政権の長である国王に議会の解散権があり、憲法7条の規定も、その思想のなごりだという。
その一方、現行憲法下において天皇は国政に関する権能を持たないため、衆議院の解散についても内閣が助言・承認をした上で、天皇が行うという形をとっているのだ。ただ、天皇自身が内閣に対して助言や承認を求めたりするということはなく、時の内閣や総理大臣が尋ねることもない。また、内閣総理大臣は閣僚の任免権があるため、全員一致が原則の閣議で解散に反対する閣僚を罷免し、自身が兼任することも可能だ。こうしたことから、実質的に内閣総理大臣が解散権を有していると考えることもでき、それが「専権事項」と言われる理由となっている。
戦後政治に関する著作も多い作家の塩田潮氏は「69条解散というのは、解散したいわけではないが解散せざるを得ないケース。7条は、すべて総理大臣が自分でやりたいと思って解散をしたケース」と説明する。橋本教授が「議院内閣制を採用している日本では、衆議院の与党は内閣総理大臣の所属政党と変わらない。だから議会と内閣が対立するケースはほとんどない。選挙に負けそうな時には基本的には解散しない」と説明する通り、戦後行われた23回の衆議院解散のうち、その多くは時の内閣総理大臣が目的を持って解散する「7条解散」だった。2005年、郵政民営化の是非を国民に問うため小泉純一郎総理が行った郵政解散や、2014年にアベノミクスの是非を問うために安倍総理が行ったアベノミクス解散などは記憶に新しい。
■宮澤元総理「解散権は好き勝手に振り回してはいけない」
しかし、実質的に総理大臣が意のままに解散できてしまう今の制度を疑問視する声も根強い。国会議員の中にも、異議を唱えた人もいる。戦後、政界の有力者として活躍した保利茂・元衆議院議長は1978年、衆議院解散が認められるのは「立法府と行政府が対立し国政がマヒするような場合」「各党の公約や諸政策に関わらず、全く違う重要な案件が提起され争点となっている場合」のみであって、解散は行政の機能を回復させるための非常手段だとする見解を出している。さらに保利氏は「7条解散」にも一定の制約が必要だと主張、「予算案や公約が否決されたり審議未了になったりした場合」「審議が長期間ストップした場合」、そして「党の利益だけを第一として不信任決議も提出されないまま国政が渋滞を続ける場合」といった条件を示して、恣意的な「7条解散」の濫用は許されるべきでないと戒めた。
また、宮澤喜一・元総理大臣も「解散権は好き勝手に振り回してはいけない。あれは存在するが使わないことに意味がある権限で、滅多なことに使ってはいけない。それをやったら自民党はいずれ滅びる」と話したことがあるという。
こうした意見について橋本教授は「有権者にとっては選挙権を行使する機会ができる。結局は民主主義なので、国民の声を聞くのはいいじゃないか、ということになっている」「もともと、7条だけで解散するということを日本国憲法は予定していなかった。ただ、実際にはそれが慣習として定着してしまっている。もともと解散は69条に基づいて行われるべきということで、7条の場合にはそれなりの理由が必要だと考えたのが保利氏だ」と話す。
■海外ではすぐに解散ができるようにはなっていない?
憲法上、議会の解散に制限はなく、2000年以降は約3年に1回のペースで「7条解散」による総選挙が行われている日本。一方、イギリス・フランス・ドイツなどの先進諸国では国家元首の議会解散権を見直し、簡単にはできない仕組みにした。
日本と同じ議院内閣制のイギリス・ドイツ、そして半大統領制のフランスと戦後の総選挙回数及び平均在任期間(任期)を比較してみると、イギリスは「19回、約3年11カ月(5年)」、フランスは「5回、約4年1カ月(5年)」、ドイツは「3回、約3年9カ月(4年)」となっており、日本の「23回、約2年9カ月(4年)」となっており、日本の選挙回数の多さと平均在任期間の短さがわかる。
イギリスは下院において3分の2以上の賛成により、早期の総選挙を求める動議をした場合が解散できるとされている。フランスでは大統領が首相および両議院議長の意見を聞いた後、下院をいつでも解散できるが、一度解散総選挙をすると1年以内は再度の解散ができない。ドイツでは下院の首相選挙において3回目までの選挙で総議員の過半数の投票を得た者がいない場合に、大統領が3回目の選挙での最多得票者を首相に任命するか、下院を解散するかしなければならないと定められている。日本では実質的に総理大臣が任意の時期に解散が可能なのに対し、諸外国では一人のリーダーが「やります」と言ってすぐに解散できるようにはなっていないのがトレンドなのだ。
橋本教授は「フランスでは長い間、解散権を行使してこなかった。また、本当に聞くべきことがあれば解散すべきで、民意を反映するのも良いことだが、イギリスのようにあまりにも解散・選挙が多く、本来であればきっちり議論をし、任期を全うするのが本筋だという反省が起きつつあるのが現状」と説明、塩田氏は「ドイツは戦前のワイマール体制下でヒトラーが出てきたことへの反省・教訓もある」と話す。
では、日本でも恣意的な「7条解散」が常態化しないよう、何らかの制約や条件を設けることを考える時期がきているのだろうか。
橋本教授は「解散されやすいと、議員は次の選挙で勝てるかどうかばかりを考えるようになる。何かしらの制約をかけ、安易な解散を封じ込めることで、議員たちをそのリスクから解放してあげれば、国のことをじっくり考えていきましょうという姿勢が出て来るかもしれない」と指摘。塩田氏は「総理大臣が解散権を行使するときは、自己保身や権力維持などの理由があることは間違いないけれど、国民に信を問うというのは大事なこと。解散権は制約される方がいいかというと、そうとも言えないと思う」とコメントした。(AbemaTV/『AbemaPrime』より)