
広大な海に、自らの力だけで挑み続けている岡本美鈴さん、44歳。「フリーダイビング」というスポーツで、日本代表する選手だ。
フリーダイビングとは、いわゆる素潜りのこと。自分の心肺機能だけで、水中にいかに深く潜るかを競うもので、事前に申告した水深まで潜り、目標地点にあるタグを持ち帰り、水面に上がった時に持ち帰ってきたタグと意識がしっかりしているというサインを示すのがルールだ。
2005年には日本代表選手として世界選手権に出場。その後も数々の世界大会に出場し、世界選手権だけでも獲得した金メダルは4個。2015年には当時の日本・アジア記録の92m、そして2017年に自己記録を更新する94mをマークしている。8月に中米・ホンジュラス沖のロアタン島で行われた世界大会では、水深90mを申告、見事成功し5位入賞を果たした。
岡本さんが挑む水深90mクラスの水圧は、防水機能がない時計やデジタルカメラがすぐに壊れてしまうくらいのものだという。潜っている最中の身体の変化について「緊張していると筋肉に力が入って、酸素の消費量が増えてすごく苦しい。耳抜きといって、耳に空気を送りながら潜ることに集中しつつ、なるべくリラックスして『気持ちいいな』と脱力する。本当に昼寝してるみたいな状態を作ると、酸素の消費量を減らすことができる」と話す。
「行き(潜水)は座禅しているみたいな気持ちで潜る。帰り(浮上)は気合い。本当にスポーツをしているって感じ」だという素潜りの世界。「海面に向かえば向かうほど筋肉疲労もマックスになるし、酸素もどんどん減ってくる。息を止めて神社の階段を上がるよう。気持ちが弱くなると、本当にダメになって身体が動かなくなりそうになるので、頭の中で応援してくれている人のことや飼ってる犬のことを思い出して、明るい気持ちをどれだけ保てるか」と、その辛さを表現する。
そんな岡本さんがフリーダイビングを始めたのは、30歳の頃。「地下鉄サリン事件」に遭遇したことがきっかけなのだという。それまでは泳ぐこともできず、海も嫌い。海と無縁で生きていくと思っていたというレベルだったという。もちろん、フリーダイビングには触れたこともなかった。「地下鉄サリン事件でああいう体験をしてから、本当に明日は来ないかもしれないんだということを肌で感じて、やりたいことをやって、行きたい場所にはどんどん行こうという気持ちに切り替わった」。
岡本さんの日本での練習場所は、静岡県との県境にある静かな港町、神奈川県足柄下群真鶴町。ここを拠点に15年近く活動してきた岡本さんはすっかり地元の有名人。インストラクターとして講習を行っているが、現役の日本代表選手が初心者向けにレクチャーするのはとても珍しいことなのだという。
町をあげての競技大会も開催。岡本さんもエキシビションに出場し盛り上げる。なぜ、大変な思いをしてまで裏方として奔走するのだろうか。
「14、15年、私がここまで強くなれたのは、本当に真鶴の海のおかげ。なにか真鶴の海に恩返しをしたいという気持ちがすごく強かった。真鶴の人もみんな優しいし、フリーダイビングで潜って真鶴も楽しんでもらって帰ってもらうというところにちょうどいい素晴らしい土地なので、マリンスポーツの面から真鶴の魅力を発信できたんじゃないかな」。
難しいイメージもあるフリーダイビングだが、「海で遊ぶという経験を通して、それをスポーツとして楽しむという段階を踏めば、どなたでも体験できるし、最初から深く潜らなきゃいけないものでもないので、本当にぜひ体験していただきたい」と岡本さん。「海の中は、無重力で本当に気持ちいい。浅くてもいい、フワーッと浮く感じ。息をちょっと止めて静かな時間を感じる体験をしてもらえば、海ってすごいなと思う」と語る。岡本さん自身、30歳でのスタートだったが、フリーダイビングの世界には、60代から始める人もいるくらいなのだという。
今後の目標について岡本さんは「今、44歳だが、もうちょっとトレーニングを重ねると、90mより深く潜れるかなって感触はあるので、そこは好奇心をもってチャレンジしたい。あとはやっぱりフリーダイビングというスポーツを多くの人に知ってもらいたいと思っているので、そういう振興活動もしていきたい」と決意を語った。
自分を超えるため、日々海へ潜り続ける岡本さん。その挑戦はまだまだ続いていく。(AbemaTV/『AbemaPrime』より)


