
体育館を颯爽と駆ける車いす。しかし、普段目にする車いすとは少し違う。実は乗っている男性は、手も足も、全く動かしていない。なんとこれは、"瞳の動き"だけで動かすことができる、超ハイテクな車いすなのだ。
まず、正面にあるセンサーが目の動きを読み取る。それが半透明なディスプレイに表示され、左に向ければレバーが左に、右ならレバーも右に動く。後ろに下がるときは、ディスプレイに背面のカメラによる映像が映し出され、バックモニターとしても活躍する。
ディスプレイは市販のアクリル板を活用。車いす本体も含め、普通に売られている既製品を用いて製作されている。

この車いすを生んだのは、社員12人の小さな会社、株式会社オリィ研究所だ。社長はロボットコミュニケーターの吉藤健太郎さん(29)。17歳の時に国内最大級の科学コンテスト「JSEC」で文部科学大臣賞を受賞し、米フォーブス誌の「アジアを代表する青年30人」に選ばれるなど、海外からも注目されている。
この車いすを作ろうと思ったきっかけとなったのが、およそ3年前にALS(筋萎縮性側索硬化症)に罹った友人、武藤将胤さん(30)の存在だ。意識や五感、内臓機能は健康だが、筋肉だけが痩せて力がなくなる難病で、原因はいまだ不明。治療法も確立されていない。しかし、唯一症状が出にくいのが、目の動きだとされている。

吉藤さんの車いすを体験した武藤さんは「バックモニターはいい。安心感がある。普通の車いすは後ろが全然見えないので、人とか物に当たらないかすごく怖い。手で操作しているのと変わらない感覚で進みたい方向に進めるのは、すごく楽しい」と話す。
最近は腕の筋力も弱くなって来たという武藤さん。「今はかろうじて指先が動いているが、ゆくゆく動かなくなれば、電動の車いすにも乗れなくなってしまう。目の動きだけで動かせるということであれば、かなり希望が持てると感じた」と話し、吉藤さんに改善点も提案していた。

吉藤さんは「現在の道路交通法では、立って移動できる乗り物は認められていない。そういった部分が改正されていけば、自分を運べるようなパーソナルモビリティが広まっていくと思う」と話す。
■肩書「ロボットコミュニケーター」に込めた思い
「電話やメールなどのツールは、本当に用がある時にしか使わない。学校でみんながワイワイしている、そういうコミュニケーション、場所は、今までのデバイスでは実現できていない」。
吉藤さんのロボット開発の背景には、"孤独の解消"という問題意識がある。「元々AIやロボットに興味はあったが、ただ作りたいだけではない。やっぱり自分自身の経験から、人と人をつなぐことをしたかった。車いすも、外に出て、人と会うためのツール。だから私はロボットクリエイターではなく、コミュニケーターになろうと思った」。吉藤さんは、自身の肩書「ロボットコミュニケーター」に込めた思いをそう説明する。

病気やいじめが原因で、約3年半の不登校経験がある吉藤さん。小学校5年生から中学校2年生までの間、引きこもり状態だった彼を襲ったのが強烈な"孤独感"だったという。「辛いのは学校に行けないことではなく、居場所がないこと。両親に対しても申し訳なく、何をしても無駄だという感覚で、無気力だった。ベッドの上で天井を見つめ、時計の針の音をひたすら聞くという毎日を過ごしていた」。
転機が訪れたのは中学生の時。工作が好きだった吉藤さんは、母親が応募したコンテストでいきなり優勝してしまった。それ以後、数々の賞を受賞するようになる。人間嫌いだったという吉藤さんは、高専生時代にはAIの研究に没頭した。しかし「人に認識されたい。人に褒められたい。人を喜ばせたい。それが本質だと感じた時に、AIに褒められたからといって、自分を肯定できるわけではない」「色々な積み重ねで立ち直ることができたが、いつもそこには先生や友達がいた。だから本当の意味で人を癒すことができるのは人しかいないと思っている」。そう感じるようになった。

そんな"ロボット"と"人との繋がり"から着想を得て開発したコミュニケーションロボット「OriHime」で吉藤は一躍脚光を浴びた。病気で体が動かせないような人が、あたかも人と一緒にいるような感覚でコミュニケーションすることができるロボットだった。
■掃除をAIにやらせている場合じゃない
テクノロジーで人をつなぎ、孤独を解消する。そんな想いを持った吉藤さんは近年進化を続ける、AI・人工知能に対しても独自の考え方を持っている。

「例えば掃除機ロボットがあったとして、あれをAIにやらせている場合じゃない。遠くに住んでいるおじいちゃんが遠隔操作すればいい。そうすれば孫は『おじいちゃんが来た』と言って自分から物を片付けるようになるかもしれない。便利さや何でもかんでもオートでやってもらうということでなく、コミュニケーションが作れると思う。誰かに必要とされたい。必要としてくれるから、誰かを必要とできる。自分が一方的にしてもらうだけじゃなくて、何かをしてあげる。それがコミュニケーションの本質だと思っている。じゃあ体を動かすことができない、そこにいることができない人も、その人たちのために何ができるか、そういう自覚をどうやったら作れるか。そういったものを作っていくのが今のミッションだと思っている」。
「便利さを追求していくのが豊かさだった時代から、豊かさとは何かが問われる時代になっていく」。吉藤さんはそう訴えた。(AbemaTV/『AbemaPrime』より)


