5月10日、東京・新宿歌舞伎町ロフトプラスワンで映画『孤狼の血』公開記念トークイベント「東映じゃけぇ、何をしてもええんじゃ~第三夜~」が開催され、お笑いタレントの玉袋筋太郎、歌手でタレントの麻美ゆま、映画コメンテーターの赤ペン瀧川らが登壇。玉袋らの誘いにより、観客として来ていた原作者の柚月裕子氏もステージに上がり、決して平坦ではなかった『孤狼の血』を書き上げるまでの道のりを明かした。
『孤狼の血』の舞台は暴対法成立以前の広島・呉原市。暴力団系列の金融会社社員失踪事件をきっかけに捜査する警察と、暴力団組織間の激しい抗争を描くアウトローな「男」の物語だ。おおよそ「ヤクザの世界」とはほど遠い優しい佇まいの柚月氏だが、赤ペン瀧川から「『孤狼の血』を書こうとしたときに、編集者たちはどんな対応なんですか?驚いてたりしませんでしたか?」と聞かれると、「実はスムーズに書き上げた作品ではないんです」と告白した。
柚月氏は「(『孤狼の血』は)角川さんが出している文芸誌『小説 野性時代』に1年くらい連載させていただきました。その前に『警察小説を書いてください』という依頼があったんです。でも、すでに警察小説って数多出ていて名作といわれるものがたくさんあるじゃないですか。私が真正面からいって勝負になるのかなと思って、そこで読者の方に『これ面白いね』って何か感じていただきたいと、悪徳警官でいこうと思いました。そこから悪徳警官に敵対するものといったら、ヤクザじゃないかと。いつか男の熱い戦いの世界を書いてみたいとずっと思っていましたので」と『孤狼の血』の方向性を決めたきっかけを説明。
しかし、当時の担当編集者はこの方向性には反対だったようで、柚月は当時のことをこう振り返る。
「話をすると担当編集者は『うーん』とちょっと唸って、『分かりました。まず僕がある本をお送りしますから、先にそれを読んでください』と言われました。それがある先輩作家のヤクザものの名作だったんです。資料として送ってくださったんだなと思ってたんですけど、違ったんです。読み始めてすぐに編集者の意図が分かりました。これだけすごい作品がある。先輩が書いているんだから、あなたには無理だと。諦めなさいと。(という意味だった)」(柚月氏)
編集者の言いたいことは理解できたという柚月氏だが、作品への思いは止まらない。
「そういう意味かと受け取ったんですけど、これを全部読んだら編集者の思うツボだと思いました。確かに書けなくなる、筆が鈍ると思って、すぐに本を閉じて編集者に電話して『読みました。全部読んで、それでも私は書きたいんです』と伝えました。嘘をついて書いたんです」(柚月氏)
柚月氏はさらに「編集者もそこまで言われたら、頷くしかなかったんですよね。それでプロットを出してご相談してスタートしました。これなら最後までなんとか書き上げられるって確信になったときに、送っていただいた本は全部拝読しました。そして、やっぱり最初に読まなくてよかった、読んでいたら筆が鈍って書けなかったなと思いました」と続け、その覚悟を持った行動に、玉袋らは「かっこいい…」とほれぼれしていた。
写真:野原誠治
テキスト:堤茜子